第7話

 それから数日経過したが、日本支部基地に漂う緊迫感は高まる一方。

 人間に化けた魔獣がメンバーの中に紛れている可能性がある以上、当然の状況だ。

 根付いた不信感を簡単に拭えるはずもない。


「やばい……な」


 茜と共に基地の外へ向かいながら、圭介は周囲を見渡して言った。

 

「どいつもこいつも殺気立っていやがる」


 二人が歩いているのは基地の中央通路だ。

 天井に幾つも設置された電灯が、周囲を明るく照らしている。

 長い上に幅が広く、各施設への道をつなぐ場所でもあるため、人通りが多い。

 今もそれは変わらないが、いつもとは様相が違う。

 常に緊張して周囲を警戒する者達ばかりだ。

 今まで普通に接していた相手が実は魔獣かもしれない、と思い始めたら、疑心暗鬼になるのも無理はないと言えよう。


「誰も有効な対策を考えられないようですから」


 茜も周囲へ視線を巡らせ、呟いた。


「考えられたとしても迂闊に進言するわけにはいきません。メンバーや教官達の中に魔獣が紛れているかもしれない、と考えてしまうとね」


 誰が変身しているのか分からないのだ。

 対策を考えても、それが人間に化けた魔獣に知られては無意味である。

 支部長と教官達の会議も、そんな理由で誰の口からも良い案が出なかったらしい。


「しかも血液検査用の機械が何者かによって破壊されました」


 発覚したのは数日前。

 検査室内と、その付近の監視カメラには何も映っていなかった。


「これで魔獣が紛れ込んでいることが確定しましたね……そうでなければ機械を破壊する理由がありませんし、監視カメラに何も映っていなかったのも魔獣が停止させたからだと説明がつきます。誰が機械を破壊したか、その証拠を残さないために」

「ああ」


 圭介は茜の言葉に同意し、言った。


「しかしこれらの件がきっかけになって、メンバーの警戒心と危険に対する意識は今までより格段に高まったとも言える。紛れ込んだ魔獣達も、迂闊に行動には出れなくなったはずだ」

「だと……良いのですが」

「どの道、今の俺達にできることは一つ」

「依頼を受けて魔獣を討伐する、ですか?」

「そういうことだ」


 ガードのメンバーは魔獣討伐が本分。

 それを疎かにしてはいけない。

 今も、二人は魔獣を討伐するために外へ向かっているのだ。


「今回は討伐対象の魔獣が三体もいる……気を引き締めなきゃな」


 ここから少し離れた位置にある村が昨晩、三体の魔獣に襲撃された。

 不幸中の幸いと言うべきか、誰も死んではいない。

 しかし村人の半分が全治数ヶ月の重傷を負わされており、手足を食いちぎられた者までいる。

 被害は甚大だ。


「残る半分の村人に救急車を呼ぶ時間を与えた上に、一人も殺さなかったという点からしても、これはガードのメンバーを誘き寄せるための罠だろうな」

「でしょうね。今も村近辺の森に居座っているらしいですから」


 怒るような表情で呟く茜。


「大勢の村人を傷つけて放置しておけば、必ずガードへ魔獣討伐を依頼する者が出てくる。それから依頼を受けてやってきたメンバーを食い殺す……これを繰り返したいのでしょう」

「繰り返させたりはしない」


 圭介は右手で拳を作り、宣言した。


「茜。俺達で三体全員を倒すぞ」

「ええ」


 会話しながら二人は歩き続ける。

 やがて入口のドアを開けて外へ出ると、素早く森へ向かった。

 自動車やバイクが必要なほどの距離ではない。

 加えて、圭介と茜は驚異的な身体能力と五感の持ち主だ。

 数分もかかることなく森近辺まで辿り着くと、二人は足を止めた。


「あそこだな」

「ええ。間違いありません」


 短く会話すると、二人は駆け出した。

 どちらも常人の目では見えないほどの速さで、そのまま森へ突入しようとする。

 しかし途中で圭介と茜は目つきを鋭くし、同時に左右へ跳躍。

 直後に、斜め前方から何かが猛烈な勢いで転がり出てきた。

 着地しながら素早く構えるが、その正体を見て困惑する二人。


「こいつは……!」

「魔獣……ですね」


 ただし、様子がおかしい。

 白目を剥き、全身を小刻みに痙攣させており、側頭部には打撃痕まである。

 どうやら二人に対して奇襲を仕掛けた、というわけではないようだ。


「完全に気絶しているな……それにこいつは、討伐対象である三体の内の一体だ」


 圭介は慎重な動きで魔獣に近寄り、状態と紋章の形を確認すると、真剣な表情で続けた。


「森の中から誰かにここまで吹っ飛ばされてきたってこと……か」

「誰かって誰です……?」

「見当もつかないな」


 そう呟いて圭介は黙り込んだ。

 おかしい。

 森に居座る魔獣の討伐は自分達に任されたこと。

 もし追加のメンバーがいたとしても、その時は連絡が来るはずだ。

 では、果たして誰なのか。


「気になるが……まずこいつにとどめを刺しておこう」

「ええ。元々討伐しに来たんですからね」


 言うなり、茜は懐から小型刃物を取り出し、魔獣めがけて投げた。

 狙いは額。

 鋭い切っ先が高速で正確に刺さり、脳まで深々と食い込んだ。

 もちろん生きていられるはずがない。

 魔獣の巨体が急激に溶けていく光景を見ながら、茜は圭介に問いかけてきた。


「念のため、追加のメンバーを送ったかどうか基地に問い合わせてみます?」

「そうだな……一応確認した方が良いかもな」


 茜の提案に圭介が賛成した瞬間。

 凄まじい雄叫びと打撃音が、森の方向から聞こえてきた。

 一回だけではなく連続で、だ。

 それが何を意味するかは考えるまでもない。


「誰かが今も森の中で戦っているのか……!」

「ならば、悠長に問い合わせなどしている場合ではありませんね……!」


 会話を終えると、二人はお互いを見て頷き合い、森へ突入した。

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