第29話
直接戦闘で勝つために必要な要素は多い。
高い身体能力や五感だけでなく、危険を嗅ぎ取る鋭さも大切だ。
戦う場所のどこに何が、どのように存在しているかを知るための空間把握や、状況を的確に見極める判断力。
全身を素早く巧みに動かして攻撃、防御、回避する技術。
さらに動体視力や反応速度、先読みや警戒心なども含めると膨大な数に及ぶ。
それらを磨き上げ、的確な使い方を追求し、いかなる状況であろうと実践できるようにするための訓練だ。
「行くよ、二人共」
二台のピッチングマシンの間に立つ雪彦が、左右の手で機械に触れながら言った。
彼の数メートル前方にいるのは、圭介と茜だ。
雪彦は右肩が完治しておらず、刀を素早く振り回せない状態なので、二人の訓練をサポートすることにしたそうだ。
「ああ」
「はい」
二人が言葉を返した瞬間。
雪彦はピッチングマシンを両方まとめて操作し、圭介と茜めがけて同時に白い球体を発射した。
時速三百キロの猛烈な勢いで迫ってくるが、対応できる範囲だ。
少しも慌てずに圭介は左拳で球体を殴り、粉砕した。
(茜は……?)
間を置かず、圭介は周囲へ視線を巡らせる。
すると茜の約一メートル前方に、球体が転がっているのが見えた。
中心には、小型刃物が深く突き刺さっている。
(いつもながら、凄いな)
時速三百キロというスピードで飛んでくる球体の軌道を見極め、小型刃物を素早く正確に投げつけて落とすなど、尋常な技術ではない。
圭介が感心していると、雪彦が静かな口調で言った。
「今のが若手魔獣の平均的な速さだよ。さすがに二人共、これぐらいは問題ないみたいだね」
ガードメンバーの動体視力と反応速度は、常人よりも遥かに優れている。
そもそも加入試験の第一次審査が、数メートル前方から時速三百キロで飛んでくる球体を、五回連続でかわすことなのだ。
今さらこの程度のスピードに手間取るわけがない。
「もっと球速を上げないと訓練にならない……か」
訓練室のピッチングマシンは、当然ながら市販のそれとは異なる。
魔獣のデータを元に設計、開発された物。
数十年にも渡る戦いの中で、少しずつ情報を集めてきた成果の一つだ。
もちろん、時速三百キロ程度が限界などありえない。
「次は時速四百キロだ」
言うなり、再びピッチングマシンを二台同時に操作する雪彦。
直後、球体が先ほどよりも遥かに速く飛び出してきた。
ドルの動きにも匹敵する壮絶な勢いだが、ザジよりは遅い。
(いける……!)
心の中で叫びながら圭介は動いた。
正確に超高速で顔面へ迫り来る球体を、右拳で力強く殴って破壊。
迎撃は間に合ったが、思わず額から冷や汗を流してしまう。
少しでもパンチを繰り出すのが遅かったら、その瞬間に直撃を受けて気絶していただろう。
「……」
横目で茜を見ると、彼女も冷や汗を流していることが分かった。
先ほどと同じように、小型刃物を投げて球体を落としたようだが、それほど余裕はなかったのだろう。
「今のは……危なかったですね」
「ああ。しかしまだ何とか対応できる範囲だ。ドルの動きと同じ程度の速さだしな」
「私達が訓練で挑むべきは、もっと上のスピードということですか?」
彼女の言葉に圭介は小さく頷き、肯定した。
時速四百キロでも、まだ不足だ。
「雪彦……もっと球速を上げられるか?」
「もちろん」
即答すると、雪彦はピッチングマシン二台に左右の手で触れながら続けた。
「このマシンの性能なら時速千キロまで出せる。音速よりは遅いけど、それでも大変なスピードだよ」
「おそらくそれは、南雲教官が魔獣王ダズと戦った時のデータを元に算出した数値なのでしょうね。時速千キロというスピードで動ける魔獣が、何体もいるとは思えませんし」
茜の言葉に、雪彦は小さく頷いて口を開いた。
「ダズと互角ということは、南雲教官も時速千キロで動き回れるのか、あるいは時速千キロを見切れるほどの動体視力と反応速度を備えているのか……いずれにしても次元の違う強さだね」
「確かに……な」
冷や汗の量が増えるのを感じ取りながら、圭介は呟いた。
「だが俺達は、その次元が違う強さに少しでも近づかなければいけない」
「ええ。決意したばかりですものね」
強くなる、と。
ならば時速四百キロ程度で、冷や汗を流している場合ではない。
「次は時速五百キロ……いや」
そこで圭介は両腕を組み、少し考えて続けた
「次も時速四百キロで飛ばしてくれ。ただし連続でな」
先ほどまでは単発の投球だったからこそ、問題なく迎撃できていた。
しかしこれだけでは、実戦的な訓練とは言えない。
闘争において、相手が単発の攻撃や動きばかりするなど、ほぼないからだ。
そのことに気づいたので、圭介は連続投球を提案したのである。
「連続で……?」
「ああ」
ためらう雪彦に対して、圭介は真剣な表情で言った。
「よく考えたら、単発の投球ばかりを回避し続けるより、その方が実戦的な訓練になると思う」
「私も同じ意見です」
圭介の言葉に同意し、一歩前進する茜。
「私達の限界に近い動きをしなければなりませんけどね」
「その限界を超えるために必要な訓練ってこと……か」
雪彦は呟くように言うと、しばらく沈黙した。
迷っているのだろう。
何しろ数メートルしか離れていない位置から、時速四百キロで次々と頑丈な球体を発射するのだ。
迎撃が少しでも遅れ、立て続けに当たってしまえば、重傷は免れまい。
「分かったよ、二人共」
しかし、やがて迷いを振り切ったような表情で、雪彦は再び口を開いた。
「でも僕が危ないと判断した場合は、あるいは君達が重傷を負うなり気絶するなりした場合は、すぐに中断させてもらうよ。構わないよね?」
当然の提案だ。
もちろん、圭介と茜は即座に頷いて了承した。
「なら良いさ。それじゃあ、始めるよ」
言い終えると、雪彦は二台のピッチングマシンを同時に操作した。
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