第32話

 雨が降り、雷鳴が轟く夜。

 ダズは廃墟で瓦礫の上に座りながら、心の中で呟いた。


(全部で七人……ガードメンバーか)


 彼は感知技術でも他の魔獣を圧倒している。

 自分を中心に半径数百メートル以内であれば、誰がどこにいようと確実に気づけるほど鋭い。

 雨音や雷鳴すら、まったく障害にならないのだ。


(物陰へ隠れながら慎重に少しずつ動き、廃墟内の様子を探っているな)


 廃墟の正体は、予算不足によって建築が放棄された巨大施設だ。

 コンクリートの壁に無数の亀裂が入り、中は瓦礫と埃が散乱しているという有様。

 その朽ち果てた建物に、日本の魔獣達が住み着いたのである。

 理由は簡単。

 中が恐ろしく広い上に町からも離れているので、人目につく心配がほとんどないからだ。

 隠れ家として利用するには最適と言えるだろう。

 実際に、魔獣達が住み着いてから廃墟を訪れた人間などいなかった。

 今までは、だ。


(どうするか)


 ガードメンバーが来たということは、捕縛された魔獣達の誰かが喋ったのだろう。

 人数から察するに、目的は情報の裏取りと考えて間違いない。


(皆殺しにするだけなら簡単だが、そんなことをしても意味がないな)


 七人全員が帰ってこなければ、間違いなく日本支部の者達は彼らが殺されたと解釈するはずだ。

 そして情報が正しかったことを確信し、一気に攻めてくる。

 仲間の仇討ち、という士気向上の手助けまでしてしまう形になるのだ。

 故にダズは動かず、部下への攻撃命令も出さない。


(こちらから仕掛ける必要はない)


 日本各地の魔獣が既に全員廃墟へ集まっており、戦闘準備は完了。

 後は地の利を活かすため廃墟から出ず、ガードメンバーが総攻撃を仕掛けてくるのを待つだけだ。


(さて、奴らの方は一体どう動く?)


 ダズは七人全員の動向を正確に把握している。

 どこに隠れていようと、どれだけ静かに歩こうと、魔獣王の超感覚を欺くことは絶対にできない。


(離れた位置から様子を探るだけで、中まで入る気はないようだな)


 廃墟内では、大勢の魔獣が歩き回っているのだ。

 その光景を見れば、入ろうとしないのは当然と言える。


(賢明な判断だ。さすがに馬鹿ではないか)


 そんなことを考えながら、両腕を組むダズ。

 やがて七人が動き出し、廃墟から離れていくのを感知すると、心の中で呟いた。


(撤退か。これで奴らの口から、この廃墟が間違いなく魔獣の本拠地ということが基地へ伝わるわけだ)


 ならば、ガード日本支部の総攻撃が始まる日は近い。


(遂に……あの南雲恭司と再戦できる……!)


 無意識にダズは右手で拳を作り、全身を震わせた。

 恐怖故ではない。

 これは、武者震いだ。


(今度こそ勝ってみせる……!)


 数十年前の戦いで、ダズは消えぬ傷と恐怖を刻み込まれた。

 若手の増長が目立つのも、元を正せば恭司に勝つことができなかったことに起因する。

 人間相手に引き分けてしまう程度の者など種族の頂点にふさわしくない、という認識が広まり、魔獣王の威光は地に落ちた。

 それでも集団として最低限の秩序が保たれていたのは、シグをはじめとする古参達の尽力が大きい。


(シグ達には余計な苦労をさせてしまったが、そんな状況も近い内に終わる)


 今度こそ南雲恭司を打ち倒せば、自信と威光を取り戻せるのだ。

 若手達も、二度とダズを侮ったりしないだろう。


(来るがいいガードメンバー。そして南雲恭司。日本の魔獣の力を結集し、お前達を打ち倒す……!)


 心の中で言った瞬間。

 ダズは静かに立ち上がり、己と部下達を鼓舞するように凄まじい雄叫びを上げた。



 ※※※



 郊外にある廃墟が、魔獣達の本拠地で間違いない。

 その情報がもたらされてから、基地内部は非常に慌しくなった。

 動けるメンバー全員が集められ、作戦会議と突入部隊の編成がおこなわれることになったのだ。


(いよいよか)


 集会所の片隅に立ち、周囲にいる大勢のメンバーを見渡しながら、圭介は思った。


(遂にガード日本支部と、日本の魔獣の全面戦争が始まる……!)


 絶対に負けられない戦いだ。

 これまでもそうだったが、今度の相手はダズ。

 全魔獣の頂点に君臨する存在を倒すことは、全世界にとって大きな意味がある。

 

(まさかそんな日が来るなんてな)


 圭介がガードメンバーになったのは約五年前。

 加入試験に合格してから、過酷な戦いの連続だった。

 まったく終わりが見えぬ闘争。

 戦いを延々と繰り返し、数多くの魔獣を倒してきたが、仲間達も失ってきた。

 圭介と同期でガードメンバーになった四十人の内、今も生きているのは茜と雪彦だけなのだ。

 いつか自分も血にまみれて死ぬことになると、ずっと思っていた。


(ようやく……か)


 無論、ダズを倒しただけで世界中の魔獣が一斉に戦いをやめるとは思わない。

 そこまで楽観視していないが、少なくとも彼らの士気が大きく下がって、人間側が優勢になることは確実であろう。


(押され気味だった人間側も、指導者不在の魔獣達が相手なら何とかできるかもしれない、か)


 圭介の心中は複雑だ。

 このまま魔獣達を一掃できるのならそうするべきだと感じる一方で、何とか和睦に至る方法はないものかと考えてしまう。

 しかしどれだけ頭を働かせても、思い浮かばない。


(駄目だな……もう大丈夫って言ったのに、つい考えてしまう)


 実戦において、迷いは死に直結する。

 余計なことを考えるべきではない。


(廃墟突入までに……覚悟を決めなきゃな)


 今回も樹海の時と同じく、メンバーは二つの部隊に振り分けられる。

 廃墟攻略と、基地防衛。

 圭介が迷っていては同じ部隊の者達を危険にさらし、多大な迷惑をかけてしまうことになる。

 それだけは絶対に避けるべきだ。

 次々と支部長に名前を呼ばれ、振り分けられていくメンバー達を見ながら、圭介は思った。


(これは種族の存亡をかけた……生存競争なんだから)


 人間も魔獣も、己の種の存続を優先させているに過ぎない。

 善悪や主義主張の問題ではなく、どちらが生き残るかの勝負。

 ならば余計なことを考えるべきではない。


(もう迷わない……俺は、戦う……!)


 圭介は雑念を振り払うように頭を振ると、無意識に右手で拳を作り、目つきを鋭くした。

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