第31話
それから連日、圭介達は訓練に明け暮れた。
過酷だが、始める前から承知していたことなので、少しも辛いとは感じていない。
(絶対に……強くなる……!)
この執念があればこそ、圭介は厳しい訓練を必死に続けた。
もちろん、また茜を心配させたりしないように無茶は控えている。
(単に厳しいだけの訓練では駄目だ)
適度に休息し、的確な訓練を積み重ねてこそ意味がある。
それを忘れていたのは焦りがあったからだが、茜のおかげで思い出せたのだ。
もう同じ失態は繰り返さないと誓いを立てた。
だから再び倒れかけるようなことは二度となく、訓練は順調に進み、四日後にその成果がはっきりと分かる形で表れることになったのである。
「はぁっ!」
気合を入れながら、疾風以上の勢いで左拳を突き出す圭介。
体重が乗った打撃は、時速五百キロで飛んできた球体を見事に粉砕し、破片を飛び散らせた。
直後。
間を置かず、二球目が同じ速さと軌道でピッチングマシンから発射されたが、圭介は素早く右拳で殴って破壊した。
(見える……!)
何度も繰り返し、目が慣れてきたことも大きいのだろう。
圭介は時速四百キロどころか、それ以上のスピードで飛んでくる球体さえも捉えられるようになっていた。
(見えるぞ……!)
心の中で叫びながら、連続で飛来する球体を次々と殴り、破壊していく。
少し前までの圭介なら絶対にできなかったことだ。
やがてピッチングマシンに搭載された球体を全て砕き終えると、彼は右手で額の汗を拭いながら前方を見た。
視線の数メートル先に、雪彦と茜が立っている。
「お見事です、圭介さん……!」
我が事のように喜び、叫ぶ茜。
続いて雪彦も口元に笑みを浮かべ、言った。
「さすがだね。これで時速五百キロも問題ではなくなったわけだ」
「ああ……今ならザジの動きも捉えられると思う」
うぬぼれではない。
樹海で見たザジのスピードと、時速五百キロで飛ぶ球体。
双方を比較しても、圧倒的な差はないと断言できるからだ。
もちろん、勝てるかどうかは別の問題である。
それでも時速五百キロをはっきりと捉え、対処できるほどの動体視力と反応速度を獲得したことは大きい。
「次は茜の番だな」
訓練室には、ピッチングマシンが二台存在する。
しかし片方が故障したために、圭介と茜が同時に訓練で使うということができなくなったのだ。
「茜。俺が時速五百キロに対応できるようになったんだから、きっとお前もできるようになる」
圭介は茜に向かって歩み寄り、彼女の肩を軽く叩いて続けた。
「頑張れよ、茜……!」
「はい、圭介さん……!」
真剣な表情で返事をすると、茜はピッチングマシンの数メートル前方へ向かった。
彼女は投擲の達人。
すなわち遠距離からの攻撃が得意なので、目は圭介よりも良い。
(茜なら、俺よりも早く時速五百キロに対応できるようになるはずだ)
その予感は的中した。
最初の方こそ迎撃が間に合わず、回避するだけで精一杯だった茜。
球体が肌をかすめて出血することも多かったが、次第に本領を発揮し始めた。
「ふっ」
軽く息を吐きながら次々と小型刃物を投げ、時速五百キロで飛んでくる球体を立て続けに落としていく。
これだけでも凄まじいが、圧巻なのは命中精度だ。
床に落ちた球体の一つを拾い上げて確認しながら、圭介は思った。
(当てるだけでも凄いのに、わずかなズレもなく見事中心に刺さっている……!)
圭介には、こんなことは絶対にできない。
まさしく神技と言えよう。
やがて全ての球体を落とし終えると、茜は圭介と雪彦の方へ顔を向け、叫んだ。
「圭介さん、雪彦さん。私、やれました……!」
「ああ、凄いぞ……よくやったな……!」
圭介のその言葉を聞き、茜が嬉しそうに微笑んだ直後。
雪彦が両腕を組みながら、静かに口を開いた。
「圭介もだけど、本当に大したものだよ、茜ちゃん。ちょうど良い時期に強くなれたね」
「えっ?」
一体どういうことであろうか。
意味が分からず、圭介は不思議そうに問いかけた。
「何が、ちょうど良いんだ?」
「もうすぐ魔獣との大決戦が始まるかもしれないからさ。魔獣王の居場所が分かったんだからね」
「ダズの居場所が分かっただと……エド達が吐いたのか?」
「そうらしい。教官の方々から聞いた話だけどね」
問いかけに対し、雪彦は即座に答える。
「エド達と、潜入した八体。その内の誰が吐いたのかは聞いていないけど、それは別にどうでもいい。重要なのは魔獣の本拠地が今どこにあるか分かった、という点さ」
確かにその通りだが、偽の情報という可能性もあるのではないか。
そう思っていると、圭介の考えを察したように雪彦は言った。
「もちろん裏付けは取るさ。既にガードメンバー達が、本拠地の正確な位置を確認しに行っているらしい」
町の郊外に存在する広大な廃墟。
エド達から聞き出した情報では、そこが魔獣の本拠地とのことだ。
「メンバーだけでは危険だから教官も何人か同行しているそうだよ。もし情報が本当だったら、すぐ基地に報告して、突入部隊の編成をおこなう予定だとさ」
「そう、か」
遂に魔獣との大決戦。
樹海の時よりも、遥かに壮絶な死闘になるだろう。
怖い、と感じる気持ちは無論あるが、それを理由に戦いを放棄するつもりなど毛頭ない。
(俺はガードメンバーだ)
個々の考え方や価値観がどうであれ、戦わねばならないのが実情。
これは、人間と魔獣の生存競争だからだ。
(迷ったまま戦場へ出れば死あるのみ……か)
割り切ることができなければ殺される。
それでも藤堂省吾のことが頭に浮かんで、離れない。
「……」
無言で考え込んでいると、不意に誰かが肩を軽く叩いてきた。
茜だ。
心配そうな表情で、こちらを見ている。
圭介が何を考えていたのか、察したようだ。
すぐ近くでは、雪彦も同じような表情を浮かべている。
「茜……雪彦……ごめんな」
二人を不安な気持ちにさせたことを悟り、謝罪する圭介。
同時に、迷いを抱えたままの状態で戦うことは、茜と雪彦も危険にさらしてしまうのだと気づいた。
「もう大丈夫だよ、二人共」
迷っていては駄目だ。
覚悟を決め、割り切って戦わなければならない。
大切な仲間達を、死なせないためにも。
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