第5話
翌日。
圭介は近くの話し声で目を覚まし、ベッドから起き上がった。
メンバーは全員が小さな専用部屋を与えられているため、自宅へは帰らずに個室で寝泊りする者も少なくない。
彼もその一人だ。
(一人や二人の話し声じゃないな……何の騒ぎだ?)
困惑の表情で廊下へ出ようとする圭介。
しかしその前にドアが外から勢いよく開かれ、誰かが室内へ入ってきた。
茜だ。
「圭介さん……!」
かなり急いだようで、少しだけ呼吸を乱している。
その様子に、何か大変なことが起こったのだと圭介は悟った。
「どうした。何があったんだ?」
「侵入者です! 昨日の夜中、日付が変わる少し前に何者かが侵入し、教官が襲われたとのことです!」
「何……!?」
ここは日本支部の基地。
ガードとしての活動に必要な設備だけでなく、緊急時に近隣住民を避難させるための大型地下室もあり、安全面への意識は高い。
建物内には監視カメラや赤外線センサーなどが無数に設置され、感知技術に優れた者も大勢常駐している。
防御体制は万全だ。
「侵入者だと……?」
万全のセキュリティを突破し、教官を狙ったほどの刺客。
間違いなく相当な強豪であろう。
だとすれば、教官も重傷を負ったかもしれない。
「襲われた教官は無事なのか!?」
「もちろん」
圭介の問いかけに対し、茜は即答した。
「襲われたのは南雲教官ですから。侵入者を簡単に倒して拘束したと聞いています」
それを聞き、圭介は安心した。
恭司の強さなら、誰に襲われても難なく返り討ちにできるからだ。
おそらくかすり傷も負っていまい。
だが安心すると同時に、疑問も浮かんできた。
「その侵入者は、最初から南雲教官だけを狙ってきたのか?」
「違うと思います……何しろ、侵入者は正気ではなかったそうなので」
茜は少し間を置いて続けた。
「目が虚ろで言葉は不明慮、意志疎通もできないという有様だそうです。会話が成り立たないから、詳しい事情も聞き出せないのだとか」
「ちょっと待て……それは絶対におかしいぞ」
不思議そうに圭介は口を開いた。
「そんな狂人がここの万全なセキュリティを突破して、南雲教官を襲うなんてできるわけがない。途中で誰かに発見されるはずだ」
「ですが現実にその狂人は侵入を果たしています。監視カメラに映らず、赤外線センサーに引っかからず、感知技術に優れたメンバーにも気づかれることなく、です」
「……」
おかしい。
昨夜発生した教官襲撃事件は、あまりに不可解だ。
圭介は顔を下に向け、考え込み始めたが、不意に茜の言葉が耳へ入ってきた。
「さらに、もっと不可解な事実があります」
「何だ……それは?」
これ以上不可解なことがあるのか。
そう思いながら顔を上げる圭介。
彼に対し、茜は冷や汗を流しながら告げた。
「侵入者を最新技術で検査した結果、根本的に人間と異なる存在であることが判明したそうです。血液が、私達のよく知る生物とまったく同じものだったこともね」
「よく知る生物だと?」
「ええ……魔獣です」
それを聞いた瞬間。
圭介は思わず絶句し、立ち尽くした。
「魔獣……?」
確かに不可解としか言えない。
「まさか侵入者の正体が魔獣で、人間の姿になって侵入してきたわけか……?」
自分でも馬鹿げた発想だと圭介は思ったが、他に考えられない。
彼の言葉を肯定するように、茜は頷いた。
「信じられないことですが……ないとは言い切れません」
「魔獣について、人間が何もかも知っているわけではないからな……人間形態に変身できる魔獣がいたとしてもおかしくはない」
「ええ。教官達や支部長も、同じ結論を出したそうです」
「そう……か」
呟くと、圭介は心の中で続けた。
(ただでさえ厄介な存在なのに、肉体変形能力まであるかもしれないのか……!)
やはり魔獣は恐ろしい生物だ。
そんなことを考えていると、茜が壁に寄りかかって口を開いた。
「そして侵入者が正気を失っていた件については、原因は何も分かっていません」
「急激な肉体変形の影響による副作用とか、人間形態になること自体が難しい技術で成功率が低いとか、色々理由は考えられるが……一体何なんだろうな」
「どちらもありえると思いますけど、現時点では断言できませんね」
同意するなり、茜は廊下へ出て周囲に視線を巡らせた。
「それより他に……もっと深刻な問題があります」
「ああ……分かっているよ」
言って圭介は後に続き、廊下を見渡した。
日本支部のメンバーが数十人いる。
幾つかのグループに分かれ、何か話し合っているようだ。
全員の表情が真剣そのもので、余裕などまるでない。
そんな光景を見ながら、圭介は口を開いた。
「魔獣が人間に変身できるってことは、日本支部のメンバーに魔獣が紛れ込んでいる可能性もあるってことだからな」
人間の姿になった魔獣が全て、昨夜の侵入者と同じ状態とは限らない。
理性を保ったまま、という個体もいるかもしれないのだ。
「何か対策しないとまずい……な」
「その対策を考えるために今、教官達と支部長が会議をしています。良い案が出ることを祈りましょう」
「良い案……か」
呟くと、圭介は少し考えてみた。
新人も含め、日本支部のメンバー全員の血液検査をしたらどうか。
しかし結果が出るまで、魔獣が大人しくしているとは思えない。
検査用機械の破壊や、血液の回収ぐらいは試みるだろう。
もちろん露見を防ぐため秘密裏に、だ。
あるいは投げやりになって変形を解き、暴れ始めるかもしれない。
(いかんな……後ろ向きなことばかり想像してしまう)
一人ではなく、茜と一緒に案を出し合った方が良い。
そう思い、圭介は彼女に声をかけた。
「支部長や南雲教官達ばかりに任せず、俺達でも考えを出し合ってみないか?」
「ええ、良いですよ。私も、そうしようと思っていましたから」
会話を終えると、二人は話し合いをするために圭介の個室へ戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます