第19話

 ガードのメンバー達が魔獣の群れと戦っていた頃。

 日本支部基地の西側入口付近に、男性の姿があった。

 恭司だ。

 他に誰もおらず、彼一人しかいない。

 優れた育成能力を持っていても、指揮官としての才覚はないからだ。

 日本支部のメンバーであれば誰でもそれを知っている。

 彼は試験を滞りなく進行させることや事務処理、訓練指導、そして単独の戦闘などで真価を発揮するのだ。

 さらに、恭司が日本支部最強の人間という点も大きな理由である。

 誰かと共闘させようにも、彼の実力についていける者は皆無で、むしろ連携を崩す可能性が極めて高い。

 ならば最初から単独で行動しろ、というのが支部長からの命令だ。

 恭司もそれに不満はなかったので、大人しく従うことにした。

 故に今、このような状況というわけだ。


(昔と同じ……か)


 単独行動には慣れている。

 現役時代から、彼は誰かと組んで戦うことがなかった。

 恭司は全ての討伐任務を一人で遂行し続けたが、その圧倒的実力故に浮いた存在であったのだ。

 常軌を逸した強さが孤独を招いてしまい、彼もそれで問題ないという気持ちになり始めていた頃に、事件は起きた。

 討伐対象の魔獣に苦戦し、片目を潰されかけた挙句、倒し損ねて逃がしてしまったのである。

 生涯で唯一の任務失敗だ。


(もう二度と……あのような大失態は犯さない……!)


 心の中で叫びつつ、左頬に触れる恭司。

 数十年も前につけられた古い傷だが、その時の痛みや相手の姿形は、今でも鮮明に思い出せる。


(光り輝く菱形の紋章の魔獣……まだ生きているかもしれんな)


 現役時代の恭司と互角に渡り合えるほどの猛者。

 死んだとは思えない。

 恭司と死闘を繰り広げて以降、行方をくらませたままだが、今でもどこかで生きている可能性は決して低くないだろう。


「……」


 昔のことに思いを馳せていると、不意に恭司は目つきを鋭くした。

 人間離れした感知技術で、何者かの侵入に気づいたのだ。

 恐ろしく静かな足音が無数に、八方から迫ってくる。

 恭司は襟元の小型無線機で全員へ知らせながら、無意識に構えた。


(二体分の足音が私の方へ向かっている……それも一直線に)


 あまりにも動きに迷いがなさ過ぎる。

 誰かが、あるいは何かがそこに存在すると分かっていなければ到底できまい。

 つまり日本支部に潜入した魔獣達から情報が流れ、各人員の配置も知られているということ。

 この二体は、意図的に恭司の元へ向かっているようだ。


(来るなら来い……!)


 五感を最大限に研ぎ澄ませ、注意深く周囲の様子を探っていると、少し離れた位置の茂みから何かが飛んできた。

 直径五センチほどの石だ。

 飛来速度は茜の投擲すら遥かに上回っており、当たれば分厚い鋼鉄をも紙のように軽々と突き破れるだろう。

 しかし恭司は素早く反応して難なく石を掴み取ると、一瞬で握り潰した。

 残骸を足元へ捨てながら、周囲に視線を巡らせた直後。


「さすが南雲恭司だな。この程度の奇襲では傷もつけられんか」

「今でも日本支部最強と呼ばれるだけのことは……ありますね」


 そんな言葉と共に、二体の魔獣が茂みから出てきた。

 どちらも小柄だが威圧感は圧倒的。

 肉体変形してから来たようで、両者は二本の足で立っている。

 しかし特に恭司の目を引いたのは、彼らの紋章だ。


(光り輝く花びらの紋章と、同じく光り輝く逆十字の紋章……こいつらは古参か)


 宝石のように輝いている紋章が、古参の特徴だ。

 若手と明確に違うため、見分け方は難しくない。

 恭司がそんなことを考えながら構えていると、逆十次の紋章の魔獣が口を開いた。


「俺の名はエド」

「私はリゾ」


 自己紹介を終えるや否や、リゾと名乗った魔獣が一歩前進して続けた。


「かつてダズ様と互角に渡り合った貴方の実力は、私達にとって脅威。もはや全盛期ではないと言えど侮れません」

「だから古参の俺達が、お前を抹殺しに来たのだ」


 言いつつ、エドとリゾは同時に構えた。

 まったく隙がない。

 だが恭司は彼らを警戒しつつも、別のことを気にしていた。


(ダズ様……だと……?)


 古参達が敬称をつけているからには、魔獣の中でもかなり高位であろう。

 もしかしたら首領かもしれない。

 そんな存在に、恭司は心当たりがある。


(まさか……?)


 咄嗟に思い浮かべたのは、菱形の紋章の魔獣。

 ダズとは彼のことだろうか。

 半ば反射的に、恭司はエド達へ問いかけた。


「お前達の言うダズは、菱形の紋章の魔獣か……?」


 もちろん、答えが返ってくることを期待したわけではない。

 問いかけておきたかっただけだ。

 ところが意外なほど簡単に、エドが答えた。


「ああ。我らの主、偉大なる魔獣王だ」


 現役時代に仕留め損ねた標的が、魔獣達の首領。

 それを知り、恭司は思わず表情を硬くした。


(あの時……私が奴を倒せていれば……!)


 無論、首領を倒しただけで戦いが終わるわけがない。

 残党の魔獣達が活動を続けることは明白だが、その規模を縮小させるぐらいならできたはずだ。

 少なくとも、今ほど活発にはなっていなかっただろう。


(今さら悔やんでも遅い……か)


 歯噛みして静かに右手で拳を作りながら、恭司は思った。


(ならば今度こそダズを仕留め、責任をとる……!)


 決意するなり、彼は鋭い目つきで口を開いた。


「ダズは今……どこにいる……?」

「素直に教えるわけがないだろう」


 真剣な表情で言ってから動き出し、恭司の右斜め後方で立ち止まるエド。

 直後。

 リゾも静かな足取りで歩き、恭司の左斜め前方で動きを止めた。


「ダズ様の居場所を知りたければ、力づくで聞き出してください」

「そうさせてもらおう」


 恭司がリゾの言葉に、そう返した瞬間。

 二体の魔獣は牙を剥いて唸り、襲いかかってきた。

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