最終話

 二ヶ月後。

 日本支部基地の中庭にあるベンチに、一組の男女が座っていた。

 圭介と茜だ。

 二人は新聞に目を通しながら、悲しげな表情を浮かべている。


「また反対派の抗議デモか」

「分かっていたことではありますが……やはり反発は大きいのですね」

「そうだな……最初から分かっていたことだ」


 国内における抗争は事実上終結した。

 ダズの敗北を知り、若手も古参も関係なく投降してきたからだ。

 さらに、魔獣王の彼が人間と和睦する意志を示したことも大きい。

 ザジ派が壊滅し、ダズへの反逆を考える若手が日本に存在しない状況も味方した。

 これで和平が実現できる、と思われたが、そうはならなかった。

 海外では、今も大半の国が戦争を続けている。

 さらに日本でも、投降した魔獣達を皆殺しにすべきという意見が多いのだ。

 ガードメンバー達が必死に駆けずり回って何とか説得を続けているが、望みは薄いかもしれないというのが大方の見解である。

 

「世界中に人間と魔獣の和睦を受け入れてもらうというのは……やはりすぐにできることじゃないな」


 ガードという組織が誕生した背景や、犠牲者の遺族達の心境を考えれば当然だ。

 故に反対派の気持ちもよく分かる。

 そう簡単に和睦が成立するなら、ここまで戦いが長引いたりしていない。


「世界各国の約半分が和睦反対派……世界中にいる魔獣達も、約半分が和睦反対派なんだよな」


 和睦に難色を示す者達がいるのは、何も人間だけの話ではない。

 海外の魔獣にも、反対派が少なくないのだ。

 無論、彼らは強き者を尊ぶ性質。

 本来ならダズを倒した恭司に敬服し、和睦にも応じるはずであった。

 しかし海外の魔獣達は、日本で繰り広げられた頂上決戦を見ていない。

 故に恭司や圭介の志は認めても、その強さに疑いを持つ連中が多いというわけだ。


「道のりは険しい……か」

「しかし残る半数の方々は和睦賛成派ですよ。希望は、あります」

「確かにな」


 そう呟くと、圭介は新聞から目を離して空を見上げた。

 決して、和睦反対派の人間ばかりではないのだ。

 果てしなく消耗し続けるばかりの戦争にうんざりしている者も、少なくはない。

 もはや経済的な負担は無視できるものではなく、魔獣との和睦を決心した国も一部だが存在する。


「それにダズが和睦に応じて、魔獣側の和睦派代表になったしな」


 恭司からその話を聞かされた時には、誰もが驚きを隠せなかった。

 圭介も例外ではない。

 

「戦闘の最中に約束させたことらしいけど、あんな死闘を繰り広げながらそんなやり取りできるとは凄いよな、南雲教官」

「一対一でシグを倒した上に、和睦までした圭介さんも同じぐらいに凄いと思いますよ」


 呟いて微笑む茜に対し、圭介は照れるように右頬を指でなでた。

 言われてみれば、自分もかなり無茶なことをやったものだと、今さらながら思う。


「とにかく、これで海外の和睦反対派の魔獣達も、迂闊には動けないはずだ。シグも和睦派だしな」


 ダズに続いてシグまで和睦派になったという情報は、猛烈な勢いで各地へ拡散。

 それは全世界に衝撃を与え、良くも悪くも人間と魔獣の在り方に多大な影響をもたらしたのだ。


「だと……良いのですが」

「心配する気持ちは分かる」


 圭介は新聞を折りたたみ、彼女の方へ視線を向けて続けた。


「相手への怒りや憎しみのみならず、差別意識や偏見も根強いからな」


 それは人間と魔獣の双方に当てはまることだ。

 お互いの種族に対する意識を変えない限り、共存は成り立たない。


「だからこそ俺達が人間と魔獣をつなぐ架け橋になって、両種族の意識を変えていかなくちゃいけない」


 そのために今、ガードメンバー達は連日国内と世界を回っているのだ。

 もちろん圭介と茜も同じである。

 

「長い時間が必要だろうけど希望はある、だろ?」


 決して気休めではなく、本心からの言葉だ。

 和睦に賛成する人間もそれなりにいるという時点で、決して絶望的な状況というわけではない。


「そう……ですね」


 圭介の気持ちが伝わったのか、茜は薄く笑みを浮かべて同意した。

 種族全体での和睦を実現させるには、長い時間が必要だろう。

 数十年にも渡る戦争で、人間と魔獣のお互いに対する怒りと憎しみは根強いものとなってしまったため、それを解消するだけでも大変なことだ。

 生半可な覚悟と時間では、到底できまい。


「和睦を実現させようとしているのは、何も俺達やガードメンバーばかりじゃない」


 一般市民、そして魔獣の中にも賛成派は確かにいるのだ。

 怒りや憎しみを乗り越え、両種族が争いの果てに滅びることを望まない者達が、確かに存在する。


「だから俺は決して、種族全体の和睦実現を諦めない」


 言って、圭介はベンチから立ち上がった。


「絶対にな」

「私もです」


 呟きつつ、静かに立ち上がる茜。

 すると彼女の手を優しく握って、圭介は言った。


「そろそろ出発しないと間に合わないな」


 やることは非常に多いのだ。

 二人もこれから他のガードメンバー達と共に、和睦反対派の国へ行くことになっている。


「行こう、茜」

「ええ」


 会話を終え、二人は歩き出した。

 いつか世界中の人間と魔獣が和睦し、共に生きていける未来が来ると信じて。

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Human and Beast グオティラス @deruza

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