第4話
数日後。
恭司は執務室で椅子に座り、紙の束を眺めていた。
加入試験を受けた者達の成績表だ。
「……」
受験者の成績を丁寧に確認していく恭司。
表情は真剣だ。
朝から長時間かけて確認していたが、終わる頃には完全に夜中となっていた。
「もうこんな時間か」
彼は紙の束を机の上に置いて呟いた。
「それにしても……目ぼしい人材は六人だけか」
最初から予想していたことだ。
加入試験の難易度は極めて高く、合格者が一人もいないことすらある。
それを考えれば、今回はマシな方と言えよう。
「他の教官達も同意見。合格者は六人で確定したようなものだな」
教官全員に合格と判断され、支部長がそれを承認。
これでようやくガードのメンバーとして認められるのだ。
恭司は今回、教官の中で最後に成績表を確認することになったため、これから支部長へ報告しに行くのも彼の役目だ。
「さて……支部長の所へ行くか」
呟きつつ、成績表の束を手に立ち上がると、不意に恭司は目つきを鋭くした。
「……」
何も言わず入口へ向かい、静かにドアを開けて廊下へ出る恭司。
執務室から数十メートル前進すれば、道が二つに分かれる。
支部長の所に行くなら、上への階段がある右方向に進むべきだろう。
「……」
しかし彼は一歩も進まない。
分かれ道の左方向に誰かが隠れていることを、敏感に察知したからだ。
「そこにいるのは分かっているぞ! お前、日本支部の者ではないな!」
日本支部所属のメンバーなら、わざわざ仲間相手に隠れる意味がない。
目つきをさらに鋭くして、恭司は続けた。
「ここまで侵入してきた隠密行動技術は見事だが、私の感知をごまかすことは不可能だと言っておこう!」
恭司の言葉に嘘はなく、実際にその感知技術は並外れている。
どこに誰が隠れていようと、確実に存在を見抜けるのだ。
「用件があるなら聞こう。姿を見せてくれ」
静かな口調で恭司が言った瞬間。
ほとんど足音を立てずに、何者かが分かれ道の左方向から進み出てきた。
黒髪の若い男性で、右手首に真紅の腕輪はない。
長身で、古びた服の上からも分かるほど筋肉質なため、威圧感は凄まじい。
しかし両目は視点が定まっていない上に、眼差しも異様に虚ろである。
口も半開きになって涎をたらしており、間違いなく正気ではない。
(何だ、こいつは……?)
どう見ても狂人としか思えない有様だ。
恭司が困惑していると、男性は不明瞭な口調で言った。
「死ん……で……もら……う!」
宣言と同時に男性は足元の床を蹴った。
あまりにも強い踏み込みでコンクリートに亀裂が発生し、破片が飛び散る。
男性は瞬時に数十メートルの距離を詰めると、右拳で殴りかかってきた。
尋常な速さではない。
並の魔獣を格段に上回る動きだが、その右拳が当たることはなかった。
恭司が超高速のパンチを軽々と見切り、半身を引いて難なく回避したからだ。
直後に鳴り響く風切り音。
素早く右腕を引き戻すと、男性は間を置かず左拳で顎を狙ってきた。
斜め下から恐ろしい速さで迫るパンチを、恭司は瞬時に上半身を少し仰け反らせることで、危なげなく回避。
「良い動きだ」
二度目の風切り音を聞きながら言うと、恭司は反撃した。
肉眼では捉えられない神速の手刀を、男性の首筋へ正確に打ち込んだのである。
「うっ……!」
呻き声を発し、男性は床の上へうつ伏せに倒れ込んだ。
手加減したので、死んではいない。
「……」
男性が意識を失っていることを確認すると、彼を拘束しながら恭司は思った。
(こいつ……こんな状態で誰にも発見されずに侵入してきたというのか……?)
男性の様子は尋常なものではなく、何らかの薬物で正常な思考を失ったということは十二分に考えられる。
これほど目立つ不審者に気づかないような間抜けが、日本支部にいるだろうか。
さすがにそれは、ありえない。
(誰かがこいつに薬を飲ませて狂わせ、巧みに誘導してここまで連れてきたという方が、まだ可能性はありそうだな)
目つきを鋭くして、慎重に周囲の様子を探る恭司。
五感を最大限に働かせるが、怪しい動きをしている者は一人もいない。
話し声も足音も全て聞き覚えがある。
少なくとも、近くには潜んでいないようだ。
(あるいは何か特殊な力を持つ魔獣がいて、そいつに操られたのか)
現在、どこの国も人間同士で争っている余裕はない。
魔獣への対策だけで手一杯なのだ。
そんな状況で人間が同族を薬で狂わせ、日本支部への刺客にする可能性は限りなく低い。
(いずれにせよ、情報が足りない。こいつから聞き出すしかないな)
心の中で呟いてから、恭司は男性を見る。
まともに会話できるかどうかは分からないが、やってみるしかない。
事情を知るであろう相手が他にいないのだ。
「他の教官達や支部長にも連絡して、早急に今後の対策を練る必要があるか」
呟くなり、恭司は屈み込んで男性を調べた。
武器を持っていないかどうかを、確認するためだ。
仮にも教官を狙ってきた刺客なので、意外な方法で武器を隠し持っている可能性は高い。
運んでいる最中に不意打ちされるかもしれないのだ。
慎重すぎるぐらいで丁度いい。
「どうやら武器は持っていないようだな」
考えられる場所は全て調べた。
それから恭司は男性を持ち上げて肩に担ぎ、歩き始める。
(支部長の所へも行かないとな)
元々それが当初の目的だった。
刺客の襲撃で忘れかけていたが、こちらも重要事項だ。
どんな事情があっても蔑ろにするわけにはいかない。
そのようなことを考えながら、恭司は歩き続けた。
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