「平和的」独裁者の手放せない相談役
高田正人
第1話:始業
◆◇◆◇◆◇
「そしてお姫様は王子様と結婚し、二人は幸せに暮らしました……か」
読んでいた絵本を閉じ、私は目を上げる。故郷の神州を遠く離れ、今は海を隔てたこの連邦に身を置く私だ。部屋の内装はことごとく西洋風。ラジオからは、近年の技術革新についてアナウンサーが熱く語っている。やがて、テレビも映画のようにカラーで見られる時代が来るらしい。
それにしても、洋の東西を問わず、物語というものは似通っていて面白い。枝葉末節に違いこそあれ、人々の望むものは大まかに言って同じようだ。しかし同時に、決定的に違うところもある。恐らくこれは宗教観や死生観の違いだろう。私のような職種の人間は、案外こうした物語を通して、依頼人の心情を知る一助を得ることが多いのだ。
本を置き、私は側に置かれた鏡を見る。そこに写っているのは、故郷の桜色の着物を着た女性、つまり私だ。切りそろえた前髪に、長く伸びる後ろ髪。そろそろうっとうしくなってきた。顔立ちはまあ、普通の部類だろう。余人には、長身に似合わぬ童顔と評されることが多い。とりあえず、人前に出ても恥ずかしくはない姿形だと自負はしている。
私の名前は
しかし侮るなかれ。私にはきちんと、「
私が絵本を本棚に戻すのと同時に、ノックの音が聞こえた。御伽衆は耳と舌に長じた家だ。ノックただ一つ取っても、そこに人の性質を感じ取れる。規則正しく三つ。礼儀正しく几帳面。同時に力強く自信に溢れている。少なくとも、そう装うことはできている。何から何まで、私の知る「彼」の記憶そのままだ。
余人は御伽衆を、人の心を盗み見る手妻遣いと揶揄するが、そうではない。わざわざ心眼で人の魂を覗かずとも、心中は外面に如実に表れる。
「どうぞ、入りたまえ」
私は即応じる。誰だ? と問うまでもない。ノックの音を聞けば誰が来たかは一目瞭然だ。もうじき日付が変わる時刻だ。あまり婦女の部屋の前で待たせるのも酷というものだろう。
ノブが回され、ドアが開かれる。入ってきたのは、やはり彼だ。まず目に留まるのは、その長身だ。百九十センチはあるだろう。しっかりと鍛えられた全身を包むのは、黒光りする組織の制服。外見は軍服に程近い。糊のきいた襟と袖。気障なデザインの制帽。軍人ならば勲章のある場所には、月の描かれた盾の紋章。新品の如き光沢を放つ長靴。
遠目に見るならば、さしずめ彼は「士官学校をトップの成績で卒業し、今は陸軍でめきめきと頭角を表してきた、『零下の剃刀』の異名を取る若きエリート将校」とでも言ったところだろうか。まあ、当たらずとも遠からずだ。彼の所属する組織は、政界のみならず軍部にも大変太いパイプがある。そして、彼はその両方から覚えがめでたい。
だが、何よりも人目を惹くのは、彼の体躯ではなく容貌だ。ほどよい長さで整えられた、輝くような金髪。猛禽類によく似た、相手の心の底まで見通すような鋭い碧眼。氷のような冷徹さを思わせる白い肌。高い鼻梁と薄い唇。有り体に言ってしまえば、絶世の美男子だ。この美顔がここまで見事に制服を着こなしているのだ。ちょっとした目の毒だろう。
アシュベルド・エリエデン・ハルドール・ヴィーゲンローデ。ずいぶんと長いが、これが彼の正式な名前だ。年齢は私より三歳年上の二十六歳。この年齢で既に、一つの組織のトップ――血族対策機関「月の盾」長官――にまで登り詰めたエリート中のエリートだ。そして何より、神州にいた私を連邦に招いた、大事なクライエントである。
世間では、彼を何と呼んでいるか知っているだろうか? 曰く「黄金の鷹」である。溢れ出るカリスマをもって月の盾という組織を率い、闇に跳梁する血族を狩る正義の執行者。強く美しく何よりも冷徹な、勝利の女神さえ利用する徹底した合理主義者。やがて大総帥の座に付き、この国を弱肉強食の思想の元に支配するであろう、恐るべき救国の英雄。
そんな世間の期待を一心に受けた我らが長官は、入室するや否やこう言った。
「…………今、時間空いてる?」
カリスマなど欠片もない、等身大の青年の声と顔で。そう、私は知っている。黄金の鷹の本当の顔を。世間の奇妙に膨れ上がっていく期待に一心に応えるべく、がんばってカリスマ溢れる指導者を演じる、舌先三寸の英雄殿の気苦労を。
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