第44話:追従
◆◇◆◇◆◇
後日、私とアシュベルドは首都のとある大手出版社を訪れていた。既に機関誌の表紙は撮り終えた。次は、予定よりも大幅に遅れている内容についての話し合いだ。
「……という感じで、私は不調だったこの会社を二年で立て直したんですよ」
豪勢すぎる社長室に、部屋の主人の声が延々と響く。彼の名はカレム・ハウストゥーフ。この会社の社長だ。
カレム・ハウストゥーフは痩せて額の後退した、神経質を絵に描いたような壮年の男性だった。見るからにプライドが高そうで、人好きのしない顔立ちをしている。そのくせ月の盾長官のアシュベルドに対し、最初は彼の革靴を自分の頬で拭かんばかりにへつらっていた。だが、結局はその追従も外面だけだった。今、彼は自慢話に花を咲かせている。
「いかがでしょうか? 長官殿。どれもこれも甲乙つけがたい内容でしょう? ああ、みなまで言わずとも結構。私にはちゃんと分かりますとも」
長い長い時間をかけてようやく企画書を読み終えたアシュベルドに、カレムは鼻高々といった調子で話しかける。大量の原案をまとめもしないで彼に読ませたというのに、それを詫びる様子もない。
「貴公は、ずいぶんと企画を立案した社員を信頼しているようだな」
そのずさんさに触れないアシュベルドの親切心に対し、返ってきた返答は意味不明の自信に満ちていた。
「まさか。アレらのことなどこれっぽっちも信用していませんよ」
「……それはどういう意味だ?」
首を傾げる彼に対し、なぜか社長は鷹揚に笑い出す。
「これらは全て、アレらの愚案を元に、この私が監修、編修、修正、変更を行い、この私の立案として提出した企画ですとも。一言一句間違いはございません。神に誓って本当です」
つまり剽窃ということか。
「なるほど。だからどの企画にも似た文言、似たデザイン、似たキャラクターが使われているわけか」
アシュベルドは眉を寄せる。
「長官殿?」
きっと、カレムの予想では、アシュベルドの口から怒濤の如き賛辞がほとばしり出るはずだったのだろう。社長は、やや不快そうに押し黙る彼を見て不思議そうな顔をする。
「これで全部か?」
「は、はあ……そうですが?」
先程まで立て板に水とばかりに自慢話をしていた社長だが、こうして質問されると途端にぼそぼそとした喋りになる。
「さる情報筋から得たのだが、この件についてフリーのライターであるイニーネ・ランズベリカーが企画案を提出しているようだ。彼女の案には私も興味がある。それはどこへやった?」
イニーネの名が彼の口から出ると同時に、社長は顔に笑みを浮かべた。まるで、笑えない冗談を聞いたのだが、お愛想で笑った時のような、侮蔑の混じった笑みを。
「お言葉を返すようですが長官殿、アレは見るに堪えませんよ。あんなどうしようもない殴り書き、企画とも呼べないただの雑文です。いえ、雑文以下ですよ。あははは、長官殿も時には間違われるのですなあ。いや~、少し安心しましたよ」
そして彼の口から怒濤の如く吐き出されたのは、イニーネの企画に対する罵倒そのものだった。
「あんな粗大ゴミで長官殿の目を汚すわけには参りませんので、不肖このカレム・ハウストゥーフが、最初から処分させていただきましたとも。そもそも、彼女は連邦人どころかあの九枝人ですよ。アレらはこの連邦をずっとうろついている、自国さえないわけの分からない連中だ。裏でどんな犯罪組織とつるんでいるか」
連邦人がおぼろげに抱く九枝人に対する負の感情を、凝集し蒸留し煮詰め結晶化させたのが、このカレム社長の言葉だった。
「いかがです? 長官殿。これも全ては連邦という国家に対する深い深い愛国心から出たということ、あなたなら分かって下さいますよね?」
しかし、当の本人はしてやったりと言わんばかりの顔でむしろ胸を張る。
連邦を血族から守る月の盾。その頂点に君臨する黄金の鷹ならば、九枝人からも連邦を守ってくれることだろう。何しろ彼は、いずれ大総帥になるべき方だ。彼が大総帥の座についた暁には、九枝人などまとめて国外追放に違いない。……きっとカレムは、そう思っているだろう。
「ああ、理解した」
「さすがです長官殿。やはりあなたは黄金の――」
……だが。
「貴様が連邦の誇りと優位と未来と進歩とその他諸々の有益な長所をことごとく潰す、唾棄すべき愚物であり危険な思想犯であり、端的に言えば救いがたい粗大ゴミであることがよく分かった」
カレムが耳にしたのは、怒りに震えるアシュベルドの声。カレムが目にしたのは、軽蔑の二文字で染められたアシュベルドの顔だった。
「……へぇ?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、社長は私たちの眼前で硬直していた。出来の悪い粘土細工のようだ。
「そ、そそそそそれは、その……どういう意味で?」
当惑と媚びが混じった不快な声で、カレムはわざとらしく首を傾げる。正真正銘、アシュベルドの怒りが理解できないらしい。
「あ、ああ! 長官殿はお疲れのようですね。では少し休憩でも――」
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