第28話:颯爽



 ◆◇◆◇◆◇



 銃声が響いた。


「ガアアッ!」


 ヒューバーズが人間とは思えない声で呻くとのけぞった。頸動脈の付近から煙が上がる。投薬武装だ。


「つまらん。見え透いた芝居で人心を惑わそうとするばかりか、もくろみが潰えれば実力行使に訴えるなど、あまりに下策、下劣、下性。狩りの本命がこれでは、何のために私は舞台を整えたのだ? そうだろう?」


 ヒューバーズの腕が離れ、リアレは尻餅をつく。立ち上がろうとしたが、片方の足首に走った痛みに耐えかねて再び座り込んだ。先程転んだ時に捻挫したらしい。その目が、すぐ近くに立つ人影を捕らえた。片手に煙の上がる拳銃を持ち、一分の隙もない制服に身を包んだその長身は、見間違えようがない。アシュベルド・ヴィーゲンローデだ。


「き、貴君……来てくれたのか?」


 信じられないものを見るリアレに対し、黄金の鷹は静かにほほ笑んだ。


「はい、殿下。不肖アシュベルド・ヴィーゲンローデ、祝賀会にて殿下の寝所を守ると約束しました故、それを果たしに参りました。遅れて申し訳ございません」


 その凛々しい立ち姿が、リアレには伝説に謳われる救国の騎士のように見えた。


 アシュベルドは手を伸ばすと、床に転がっていたペンダントを拾い上げ、持ち主の手に渡す。


「このペンダントが、殿下の危険を教えてくれました。それより、お怪我はございませんか?」

「あ、ああ。大事ない」


 そう言いつつ、リアレはアシュベルドの用意周到さに舌を巻いていた。まるで、全てが彼の思惑通りに進んでいるかのように見える。


「それはなによりです。殿下がご無事であれば、私にとってこれ以上の喜びはありません」


 けれども、もう彼女はアシュベルドを疑うことはない。


「そ、それは……私も同じだぞ」


 しかし、改めて自分の思いを形にしようとすると、リアレはなぜか言葉に詰まってしまう。まるで、自分が年齢相応の一人の少女のようになってしまったかのようだ。


「と、申しますと?」


 首を傾げるアシュベルドに、内心少しだけリアレは苛立つ。分かっていて焦らしているかのようだ。一度深呼吸してから、ようやくリアレは覚悟を決めた。


「き、貴君がこうして、私を助けに来てくれたこと。そ、それが……その……一番嬉しい……と、思って、いる」


 何とか、リアレは自らの思いを言葉にできた。


「血族の脅威から人々を守ること。それが私が自らに課した使命ですから」


 しかし、返ってきた言葉には、リアレの感謝に対する心の躍動はない。あくまでも一組織の長官として、他国の内情には踏み込まない合理的なものだった。


「あ、ああ、そうだな……」


 リアレは、アシュベルドの態度が政治的には正しいと分かっていても、少し物足りなかった。


「まさか最後の最後で、殿下がお前を選ぶなど……。こんな番狂わせなど、予想外だったぞ……」


 リアレは目を声のした方向にやる。そこには、憎々しげにアシュベルドを睨むヒューバーズが倒れている。自分を血族にしようとした相手にもかかわらず、リアレはその変わり果てた表情に憐れみを覚えた。あれは、本来のヒューバーズが絶対に見せない顔だ。


 だが、それ以上の会話はなかった。


「殿下を連れて行く約束、守れぬのが無念だが致し方なし……!」


 ヒューバーズはそう呟くと、自らの首筋を手で締め上げるかのように押さえた。次の瞬間、彼の目が白目になると、全身が大きく痙攣する。開いた口を筆頭に、全身から煙のようなものが立ちのぼり、やがてヒューバーズは動かなくなった。


「自決だと!?」


 這って近づこうとするリアレを、アシュベルドは手で制し、自分が用心しつつ近寄り観察する。


「血中の線虫が、一斉にアポトーシスを引き起こしたようです」


 ややあって彼がそう言うのと同時に、ゆっくりとヒューバーズは目を開いた。その目はもはや、血族の無機質なものではない。


「ああ、殿下……。私は、何という愚行を……」


 震える手を、ヒューバーズはリアレに差し伸べる。


「喋るな。大丈夫だ。あれはお前ではなく血族の仕業だと分かっているぞ」


 優しくヒューバーズをねぎらうリアレに対し、静かにアシュベルドは告げた。


「失礼。まだ彼が完治したとは思えません。こちらで確保させていただきます」


 事務的な彼の対応に、むしろ嬉しそうにヒューバーズはうなずく。


「もちろんですとも。主人を傷つけた恥知らずの侍従など、どうかもっとも卑しむべき犯罪者として扱って下さい……」


 ヒューバーズの願いを、アシュベルドは聞き入れなかった。


「私はえこひいきはしない。その逆も然りだ。血族である時の貴公が何を行おうとも、月の盾はそれによって治療の方針を変えることはあるが、憎んだり卑しんだりはしない」


 恐らく、ヒューバーズこそが、全ての元凶だ。侍女たちを血族に変え、陽動を仕掛け、その隙にリアレを血族に変えようとした。だが、惨劇の張本人を前にして、アシュベルドは微塵も私情を交えようとしない。改めて、リアレは感嘆して口を開いた。


「アシュベルド・ヴィーゲンローデ。確かに貴君は公正だ。その事が今、私にははっきりと分かるぞ」



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