第29話:早暁
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太陽が昇り、アウフューデン城を照らしていく。血族の夜会は終わり、人道はからくも守られた。その全てを成し遂げたのは、今テラスでリアレと共に昇る朝日を眺めているアシュベルドである。
「殿下、お加減はいかがですか?」
リアレは自分の足を撫でた。
「大事ない。見ての通り、ちゃんと歩くこともできる。貴君のルーンのおかげだな」
くじいたリアレの足には印紙を挟んだ包帯が巻かれ、さらに治癒を意味するルーンが記されている。包帯と印紙はこの城の医務室にあったものを使ったが、ルーンはアシュベルド特製だ。
「私のルーンは神話のそれとは異なり万能ではありません。どうか、過信なさらないで下さい」
「分かっている。ただ、今は皆に壮健な私を見させたいからな」
「お察しいたします」
アシュベルドがかしこまるのが、リアレには少々面白い。
「貴君には、その必要はないがな。あんなことをされてしまっては、これからどう威厳をもって振る舞えばいいのか……」
あんなこと、とは、足をくじいたリアレを医務室まで連れて行った時のことだ。歩けない彼女を、アシュベルドは横抱きにして運んでいったのだ。
「申し訳ございません。医務担当の部下を呼べばよかったのですが……」
「いや、気にするな。重くなかったか?」
冗談めかしてリアレが言うと、真面目な顔でアシュベルドは首を左右に振る。
「いいえ、まったく。殿下の名誉のため、この件について私は終生口をつぐみますから、ご安心下さい」
「そうしてくれるとありがたい。よく分かっているな」
「私の腹心が、機密とその保持については一家言ある優秀な人物ですので」
そう言われ、リアレは思い出す。あの長い黒髪が印象的な、東洋人の女性だ。
「確か、燕雀寺祢鈴、と言ったな。神州の人間か」
「はい。得難い人材です」
アシュベルドの声には、彼女に対する無条件の信頼があった。彼をしてそこまで言わせるとは、どんな傑物なのだろうか。
「私の周りにも、そういった人材が必要だな」
「既におりますとも。殿下のお人柄に惹かれ、皆殿下を慕っております」
「そうだといいのだが……」
リアレの脳裏を、多くの人物が通り過ぎていく。皆、彼女を羨望の眼差しで見ていく。だがそれは、白銀の名花と誉めそやされる容貌故だ。
「貴君、アシュベルド・ヴィーゲンローデ」
「何でしょうか?」
「もう一つ、貴君に秘密を科してもよいだろうか?」
その言葉は、リアレにとって決死の覚悟と共に言い放ったものだった。秘密を打ち明けること。それは自分がアシュベルドに決定的な弱みを見せることであり、同時に秘密を知ったアシュベルドにも、一種の枷がはめられる。秘密とは人を縛るものだ。
だが、もはやリアレには失うものはない。プライドや優雅さなど、彼に助けられたあげく、抱き上げられて医務室まで運ばれた時点で雲散霧消している。
「それで殿下のお心が平らかになるのであれば、喜んで」
アシュベルドのその返答に、リアレは内心深く安堵した。秘密を知る重みを知らないわけではないのに、彼は快く応じてくれたのだ。
「貴君が黄金の鷹と呼ばれるように、私は帝国では白銀の名花と呼び習わされている。分かるか? 私は王族だ。それなのに、まるでいたいけな少女を誉めそやすかのように、弱々しい花にたとえられている」
それまでのためらいが嘘のように、リアレの口から思いが言葉となって発せられていく。彼女自身も、自分の舌がよく回ることに驚いていた。
「父と母、そして神から与えられたこの容貌を疎むことはない。しかし、時折思うのだ。私がもう少し、凛々しく威厳のある容貌だったらよかったのに、と。ちょうど、そう……き、貴君のような」
さりげなく誉めたつもりだったのだが、いざ口にしてみると少し気恥ずかしい。アシュベルドが照れる様子もないのが、ほっとしたような残念なような。
「私は、おかしいのだろうか? あるいは、贅沢なのだろうか?」
改めてリアレは尋ねる。会ったばかりの人間に、それも帝国の臣民ではなく連邦の人間にこんなことを尋ねるなどどうかしている。理屈では分かっているのだが、それでもリアレには尋ねずにはいられなかった。リアレはこの美貌の策士に、我知らず共感を覚えていたのかもしれない。
「殿下、市井の人々は残念ながら殿下ほど賢くはございません。人を判断する際に、その外面にのみ囚われ、内面にまで思慮が及ぶことなどなかなかないのです。ですから殿下、ご自分のお姿とお顔を存分に活用なさいませ。王族にして名花、大いに結構ではないですか。輝かしい二つの文言が揃えばこそ、他者に忘れられぬ印象を残すというものです」
黙考の後、アシュベルドはそう語る。まるで、歌手を売り込もうとするプロデューサーのように。
「わ、私にアイドルになれと言うのか?」
「アイドル――すなわち偶像ですか。ええ、権力者とは得てして偶像となるもの」
その身も蓋もない発言に、以前のリアレなら眉を寄せたかもしれない。しかし今の彼は、アシュベルドの言葉に耳を澄ませる。
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