第27話:暗躍



 ◆◇◆◇◆◇



「さすがはリアレ殿下。殿下の勇敢なご様子をお父上に報告すれば、必ずやお喜びになることでしょう」

「そうだろうか?」


 ヒューバーズの賛辞に喜ばず、リアレは立ち止まった。


「殿下? いかがなさいましたか?」


 やや苛立たしげな様子で、ヒューバーズもまた足を止める。しかし、リアレは逆に徐々に落ち着いていく。


「此度の襲撃で、私は何の役にも立てなかった。うろたえ、狼狽し、右往左往しているだけだった」

「殿下、決してそのようなことはございません」


 ヒューバーズは否定するが、リアレは首を左右に振る。


「だが、そんな私を、自らが悪役となることでかばってくれた者がいる。アシュベルド・ヴィーゲンローデ。私は彼に救われたのだ」


 口にしてみれば、実に簡単なことだ。先入観を捨てれば、彼の人柄など最初からはっきりしていた。


「実際に会うまでは、私は彼を自分の利益しか考えない利己的な合理主義者だと思っていた」

「殿下、それは事実だったのではないですか? 恐れながら、どうか冷静になって下さい。言葉巧みに人心を掌握するのは、あの男の十八番ではないですか」

「そうだ。事実、彼はそう思われても仕方のない発言をする。だがそれは、周囲を欺くためだ」

「何ですと?」


 ヒューバーズは目を見開く。侍従長の驚愕に目もくれず、リアレは言葉を続ける。


(ああ、そういえば。面と向かってヒューバーズの意見を否定して持論を述べることなど、思えば初めてかもしれないな)


 そんなことを思いつつ。


「礼拝堂に立てこもった折、私は連邦の議員に追い込まれていた。こんなことになった責任の所在はどこにあると詰め寄られ、恥ずかしいことに私は何を言っていいのか皆目見当がつかなかった。けれどもそこに、彼が現れたのだ」


 今でもその時のことは、はっきりと思い出せる。隣に並んだ彼の頼もしさ。ほほ笑みかけてくれたその目の優しさ。


「そして彼は言った。責任の所在は全て、自分にある、と。信じられるか? 皆の前で、事態の責任は自分が取ると言ったのとほぼ同じことだぞ。言い淀む私を尻目に、彼はそう言って皆の不満を瞬く間に消し去ってしまったのだ。もし自分本位の合理主義者なら、間違いなく責任を全て私に押しつけていたに違いない。けれども、彼はそうしなかった」


 だからこそ、リアレははっきりと宣言する。


「彼は、私をかばってくれたのだ。この私を、連邦国民ではない、敵対していると言っても過言ではない帝国の王族を、高潔な彼は自らが悪役となって大言壮語を吐くことで、守ってくれたのだぞ」


 たとえヒューバーズの言っていることと真っ向から異なるとしても、リアレは己の信じる真実を擁護する。


「そして今、血族は狩られ、我々は勝利しようとしている。だから私は信じない。彼が血族であり、私を狙っているなどとどうして信じることができようか」


 ヒューバーズの目をはっきりと見て、リアレはそう告げた。


「左様ですか、殿下」


 ややあって、ヒューバーズは二、三度うなずく。


「分かってくれたか、ヒューバーズ」

「ええ。まったくもって……」


 彼は首を左右に振りつつ言った。


「あの男は危険です。これほどわずかな時間で、殿下を心酔させてしまうとは予想外でした。この城を丸ごと使っても、なお立ち向かうとは」

「ヒューバーズ……ッ!」


 リアレは絶句した。嫌悪と苛立ちがありながら、無機質なその言葉。眼前の侍従長が、別人にすり替わっていた。とっさに彼女は背を向けて走り出す。


「これはこれは。長年あなた様にお仕えした侍従長を捨てて、会ったばかりの異国人を選ぶとは。私は実に悲しいですねえ! 悲しいですよ!」


 その背中をヒューバーズはゆっくりと追う。ネズミをいたぶるネコのようだ。遊ばれている、と分かっていても必死で逃げるリアレだったが、ついに階段で足を踏み外して派手に転び、足を捻ってしまった。


「ぐぅっ……!」


 それを見逃すヒューバーズではない。子ネコのように倒れたリアレの襟首を片手で掴み、壁に叩きつける。


「くっ……! 離せっ!」


 リアレはもがくが、ヒューバーズの拘束は微動だにしない。


「本当は傷一つつけずに殿下をお連れするはずでしたが、仕方がありません。殿下、不作法をお許し下さい」

「やめろ! ヒューバーズ!」


 ヒューバーズが口を開けた。その犬歯は異常に長く鋭くなっていた。明らかに血族の特徴だ。それを見てリアレの顔が青ざめる。


(私も転化させられてしまうのか? 誰にも知られず、こんなところで?)


 その後どうなるのかも、リアレの頭脳は想像してしまう。何食わぬ顔で帰国し、父と母に牙をむく自分の姿を。血族が支配した帝国の中枢を。


(嫌だ! そんなことは絶対に嫌だ!)


 無駄と知りながらも、リアレは必死に抵抗する。


(約束は!? 貴君の約束は嘘だったのか!? 私を守ってくれるのではなかったのか!?)


 その手からルーンを刻んだペンダントがこぼれ落ち、床に転がっていく。


(アシュベルド! 貴君は……!)


 どこにいる? とリアレが思ったその瞬間だった。



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