第6話:論破
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「あなたのパーソナリティが嘘だって思いたいだけでしょう。そうやって自分に都合のいいデータだけ信じて、都合の悪いデータを嘘と断じたところで現実は変わりません。そういうのを確証バイアスと言ってですね、一部の政治家のマニフェストに代表されますが、柔軟性のないマヌーバーとメルクマールがコンセンサスにおいては――――」
顔を真っ赤にしてまくし立てるミゼルを目の当たりにし、急にガレードの表情が変わる。線虫に操られた無表情から、人間らしい微妙に白けた表情へと。
「…………お前」
「な、なんですか?」
じっとりとした視線を向けられ、ミゼルは一歩下がる。
「話が長くてつまらない上にすぐ脱線するから、同僚から避けられているだろ?」
「そ、そそそそそんなことないですよ! わ、私はタスクフォースの中でもちゃんとリスペクトされてますから。イーブンなリレーションシップにおいても良好だと断言できます! はい!」
口では否定するものの、滅茶苦茶に焦る彼女の態度から、ガレードの指摘が図星であることは丸わかりだ。
このミゼルという女性は、大学の経済学部を卒業後、紆余曲折あって月の盾に所属することとなった。最初は経理を担当していたが、現在は現場に出向くことも多い。口を開けばインテリ気取りの長広舌を振るうため、他の職員からは煙たがられている。
「自分に都合のいいデータだけ信じて、都合の悪いデータを嘘だって言っても現実は変わらないぞ」
ものの見事に論破されたミゼルの顔が、トマト顔負けに真っ赤に染まった。
「はあああああ!?」
経済学部卒業の肩書きをかなぐり捨て、彼女は顔を歪めて叫ぶ。
「何で何で何で私が血族に論破されなくちゃいけないんですかああ!? 絶対にこれはアンフェアです! 全然システマチックじゃありませんよ!」
「うるさい! そんなことはどうでもいいからさっさと――」
泥沼化していく現状に、いい加減ガレードとその中にいる線虫が怒り始めたのと同時。一発の銃声が響く。放たれた弾丸は正確に、ガレードの腕、それも、ちょうど抱きかかえた少年を傷つけない位置である肘を貫き、骨を砕く。
「ぐぅッ…………!」
血族の怪力という拘束が緩むのを、少年は見逃さない。そして、激昂していたミゼルもまた、少年がガレードの腕から身をよじって逃れたのを見逃さない。ガレードに飛びかかると同時に背負い投げの要領で投げ飛ばし、その首筋にピストルの形状をした注射器を押し当てて引き金を引く。中身は線虫用に調合した特製の麻酔薬だ。
「多少手間取ったな、ミゼル・オリュトン」
長靴の硬い靴音と共に部屋に入ってくる人物の顔を見て、ミゼルが顔色を失った。
「ちょ、長官!」
片手に煙の上がる拳銃を持ち、怜悧な視線で彼女を見据えるのは、彼女の上司どころか所属先の最高責任者である、アシュベルド・ヴィーゲンローデだった。
「か、確保に手間取り申し訳ありません、私は……!」
大慌てで彼女は動かなくなったガレードから手を離し、敬礼する。月明かりに照らされるアシュベルドの容貌は、普段ならば見とれるほどの美麗さだ。けれども、その両眼の放つ冷たい眼光に、彼女は心底身震いする。
(ちょ、長官がお怒りですっ! 私がキャリアーとあんなノン・プロフェッショナルなティーチングをしていたからだああああ!)
徹底したリアリストにして、成果主義者。それがミゼルの知るアシュベルドの顔だ。その姿は恐怖を感じると同時に、彼女にとっては人間的にも経済的にも完璧だった。彼の演説を生で聞いたその日以来、ミゼルにとってアシュベルドは理想の体現者となった。だからこそ、彼女は大手金融機関の内定を蹴って、この月の盾に就職したのである。
それなのに、今まさに自分は長官の目の前で無能さを晒しているのだ。自分の醜態に、ミゼルは猛烈に拳銃で自分の頭を撃ち抜きたくてしょうがなくなる。
「貴公が今するべきことは、私に自分の行動の理由を事細かに説明することかね?」
だが、まるで彼女の自殺願望を見抜いたかのように、アシュベルドは間髪入れずに質問する。
「いえ、違います!」
「では、何だね?」
そう問われ、ミゼルは頭から自殺の誘惑を振り払い、必死で考えを巡らせる。
「月の盾の職員として、感染者の確保と、被害者の保護と治療です!」
何とか形になった返答に対し、アシュベルドは氷のような視線を変えない。
「そのとおりだ。速やかに事に当たりたまえ。私は月の盾を預かる者として、貴公の一挙一動に関心を払っている」
「は、はいっ!」
彼女にはよく分かる。失態を演じた部下を即座に切り捨てるのではなく、汚名返上の機会を与えて奮起させ、組織に役立てる。人材を代替可能な駒として見る合理的観点だ。
(次こそは必ずコーポレート・ガバナンスに沿ったアクションをお見せいたします!)
この時より、ミゼルはますます月の盾とアシュベルドに心酔するのだった。
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