第12話:王女



 ◆◇◆◇◆◇



 さかのぼること一年前。


「――――以上が、諜報部の集めた月の盾についての資料になります」


 連邦とは海を挟んだ位置にある帝国。その首都にある王宮の一室。分厚いレポートを差し出すのは、礼服を着こなし、鎖付きの眼鏡をかけた老人だ。既に老境に至って長いと思われる外見だが、積み重ねた年月は確かな重みと優雅さとなって老人を飾っている。


「ご苦労だった、ヒューバーズ」


 壮麗な庭園を一望できる窓を背後に、そのレポートを受け取ったのは、輝くばかりの美貌の少女だった。白銀の如きプラチナブロンド。理知的で人を惹きつける双眸。白雪よりもなお白い肌と桃色の唇。誰もが「天使のようだ」と形容するその容貌の持ち主は、この帝国の最高権力者の娘である、王女リアレである。


 外見こそ天使と見まごうばかりの可憐なリアレ王女だが、むしろその美貌は、王家が引くとされる妖精の血が色濃く出た結果かもしれない。一見するとか弱く見えるが、その実彼女は折紙付の俊才でもある。知力、胆力、決断力と冷静さ。まだ十代前半でありながら、既に指導者に必要な要素を着々と身につけつつあるのだった。


「やはり看過できないな、月の盾、特に――」


 レポートに目を通しつつ、リアレは口を開く。


「アシュベルド・ヴィーゲンローデの動向は」


 その憂慮に対し、王女が生まれた時から側で仕えてきた侍従長ことヒューバーズは一礼する。


「ごもっともです、殿下」


 リアレの関心は、連邦で血族を狩る月の盾という組織、特にそこの上部に向けられている。


「二十代でここまで登り詰め、連邦国民の圧倒的な支持を得ている“黄金の鷹”か……」


 リアレはアシュベルドについての情報を読みつつ呟く。ほぼ既知の情報ばかりだ。内心彼女は、黄金の鷹という彼の通称を羨ましく感じた。リアレの通称は“白銀の名花”だ。花のような可憐さよりも、尊敬すべき父のような威厳が欲しく思うのが悩みの種である。


「これは?」


 彼女の繊細そうな指が、レポートに留められていた別紙を取り上げる。


「連邦で発刊されている保守派の新聞の切り抜きです」


 そこには、議員と握手するアシュベルドが写っている。


「やはり、彼は政界にも人脈を作っているのか。血族から人々を守る盾となるべき者が、政治に手を出すとはな。帝国の聖体教会を見倣ってもらいたいものだ」


 帝国で血族を狩る聖体教会は、公平性を失わないために政治にも経済にも一切干渉しないことを自らに課していた。それとは対照的に、月の盾は率先して政治にも経済にも軍にも関わり影響力を強めている。リアレからすれば、月の盾のあり方は世俗的で好きになれない。出世欲に駆られた俗物が、その踏み台として組織を利用しているように見えるのだ。


「……ずいぶんと多いな」


 切り抜きは一枚にとどまらない。見る間にリアレの手に、トランプよろしくアシュベルドの写真が揃っていく。どのアシュベルドも、冷たいカリスマに装われたよそ行きの顔をわずかでも崩すことはない。


「連邦では、彼の外見や話術に魅了される国民も多いそうです。ですが、真にお美しいのは彼ではなく殿下でございます」

「外面だけで私を判断するのはやめてもらいたいな。私は花のように愛でられるだけの存在になどなりたくない。お父様のような皆を導くに足る王族でいたいのだ」


 ヒューバーズの賛辞に対し、リアレは眉を寄せる。不愉快そうな表情でありながら、その顔は思わず息を呑むほどに美しかった。


「も、申し訳ありません」

「いや、よい。気にするな」


 侍従長の謝罪を、リアレは鷹揚に受け入れる。


「彼は、自分の容姿をどう思っているのだろう。やはり、利用するべき道具としか思っていないのだろうか?」


 リアレは呟く。時折彼女は、誰もが自分の外見しか見ようとしないことにがっかりすることがある。ならば、同じ眉目秀麗のアシュベルドの心境はどんなものだろう、と思いを馳せるのだ。


「恐らくそうでしょう。この合理主義者は、権力を手にするためならば手段を選ばないともっぱらの噂です。一切は、他人を思い通りに操るための道具に過ぎないのでしょう」


 ヒューバーズの言葉は冷たい。


「もしそうだとするならば、私はやはり確かめざるを得ないな」


 写真に写ったアシュベルドを見つめつつ、リアレは決意を新たにする。


「黄金の鷹……。この男がやがて大総帥となって連邦を牛耳る独裁者に変じ、我が帝国に仇なすかどうか。この私自ら、それを確かめなければならない」


 自らの仕える主人の抱負を耳にし、改めてヒューバーズは深々と一礼する。


「おっしゃる通りでございます、殿下。私は心より、殿下のご決断を支持させていただきます」



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