第11話:敬愛



 ◆◇◆◇◆◇



「『親愛なるアシュベルド・エリエデン・ハルドール・ヴィーゲンローデへ 貴君の活躍によって私が一命を取り留めてから早くも二ヶ月が経った。これも偏に、貴君が身を挺して私を助けてくれたおかげだ。帝国人ではない貴君の献身は、王家への忠誠ではなく人道に則った博愛の精神であり、何よりも血族から人々を守るという自己に課した使命によるものであると分かっている。しかし、それでも私は貴君に感謝しよう。今も、私を支えてくれた貴君の手の感触はこの身に残っている。連邦を訪問する前に、少しでも貴君を疑っていたことは、私の人生における汚点の一つだ。この失態をあえてここに書いた意味を、分かってくれるだろうか? 貴君が私を軽蔑したりはしないと信頼しているからだ』……」


 時候の挨拶や格式張った挨拶などを適当に省きつつ、私はある手紙を音読している。ソファの隣では、深刻な顔をしたアシュベルドが私の朗読に耳を傾けている。こうやって横顔を見ていると、実に美形だ。愁いを含んだ青年将校の横顔など、なかなか絵になるじゃないか。世間の婦女子が垂涎する位置に、私は座っているというわけだ。


 それにしてもこの手紙は長い。延々と数ページにわたって、彼に対する感謝と尊敬がじっくりたっぷりと書き連ねてある。ただの紙とインクの産物のはずが、手に持つと妙に重たく感じるのは私の気のせいだろうか。


「『……変わらぬ敬愛と共に。帝国王女リアレより』」


 しかし、何とかそれに屈せず、私は最後の差出人の名前まで読み終えた。


「うわあ……」


 言葉を操る御伽衆として面目ないが、本当に「うわあ……」以外の感想が出てこない。


「鈴の言いたいことは分かるよ。すごくよく分かる」


 隣のアシュベルドも、げんなりした顔でこちらを見る。私が音読する前に、一通り目を通したのだろう。


「実に重いね」

「ああ、本当に重いよ」


 愛が重い、としか言いようのない手紙だ。


 これは、二ヶ月前に連邦を訪れた隣国の王女リアレからの手紙だ。彼女が訪問した際に血族の襲撃があり、その時に救出の大立ち回りを演じたのがアシュベルドである。当初は彼に対して「将来の独裁者の可能性あり」として警戒していた王女も、この一件ですっかり彼の虜になってしまったというわけだ。我らが長官殿は人たらしの達人だな。


「この内容を一言で言い表してもよいかね?」


 リアレ王女殿は御年十三歳。銀糸のような美しいプラチナブロンドと、まるでビスクドールのような美しい容貌。そんな可憐なリアレ殿下と、彼を守るべくして血族に立ち向かうアシュベルド。間近で見させてもらったが、いやはや、映画の中に入り込んだかのような素敵な体験だったよ。


「うん、頼むよ」


 私は、殿下が手紙に込めた感情をたった一言で言い表す。


「熱烈なラブコールだ」

「はあああ!?」


 分かっているだろうに、それでも彼は跳び上がって驚く。


「おや、どう見てもそうにしか見えないが。手書きの一文字一文字から、文章の一句一句から押さえきれない、そして隠そうともしない君への熱烈な愛情が伝わってくるよ」


 海を隔てた帝国も、血族の被害に悩まされている。あちらは月の盾の代わりに、聖体教会という組織が血族の確保と治療を受け持っている。殿下はアシュベルドを聖体教会にスカウトしたいのだろう。しかし、明らかに彼に対する尊敬と愛情が過剰である。


「今回は手紙で済んだけど、俺は何だか、殿下が連邦に留学してくるんじゃないかと心配なんだ」

「ある日君が自宅のドアを開けたら、そこにトランクを重そうに持つ殿下がいらっしゃるというわけか。そしてこうのたまう。『貴君の為に全てをなげうってここに来た。王族としての身分も、地位も、名誉も、何もいらない。どうか私と共に生きてくれ』とね。そして君もまた、月の盾長官の地位を捨てて、彼女と共に愛の逃避行と洒落込むだろうね」


 殿下が思い詰めた場合どうするか語ってやると、彼は首をぶんぶんと左右に振る。


「駆け落ちじゃないか! 俺は嫌だぞそんなのは! 聖体教会が目の色を変えて追いかけてくるに決まってる!」

「はっはっは。冗談はそのくらいにしておいて――」


 私は笑みを消して真顔になる。


「――明らかに殿下は君に惚れ込んでいるぞ」

「ああ。殿下はまだお若いから、一過性のはしかのようなものだと思うんだけどなあ」

「でも、聖体教会がこれを知ったら、枢機卿の顔が蒼白になること請け合いだ」


 これはよくない。一国の王女が他国の一組織の長官を盲信しているようでは、帝国の権力者たちにとって面白くない話どころではないな。


「あああ…………。どうしてこんなことに」


 頭を抱える彼に、私は冷静に突っ込まざるを得ない。


「君が無駄に格好をつけるからだよ。いやはや、実に素敵だったとも」

「そ、そうかな? そうだよね?」


 私の誉め言葉が、彼にとっては嬉しいらしい。


「反省の色が見えないが……まあ仕方ないか」


 さて、では少し過去を振り返ってみよう。これは、彼と麗しの殿下が初めて出会った話だ。



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