第17話:祝宴
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日は没し、アウフューデン城では盛大な祝賀会が催されている。連邦と帝国の要人が互いに歓談し、親交を深め合う。だが、現実は単純ではない。例えば、この祝賀会を主催したのは連邦政府である。しかし、同時にこの祝賀会の主導は帝国でもあるのだった。その証拠に、普段ならば公式の場での武装が許される月の盾職員が、全員非武装である。
どのような場所でも、どのような相手でも、血族ならば躊躇なく保護し治療に当たる。これが月の盾のポリシーであり、常時武装はプライドの具現である。それが保安の名目で制限されるのは、有り体に言えば月の盾という組織に対する非礼である。この制限がまかり通るのは、偏に帝国の強大さと、決して譲らないイニシアチブのあらわれであった。
立食形式のパーティ会場内で、リアレはひと息つく。
「お疲れですか?」
「いや、問題はない」
ヒューバーズの言葉に、彼女は首を横に振る。その視線の先。会場の中心で大勢の人に囲まれているのはアシュベルドだ。連邦の要人のみならず帝国の貴族たちも、彼の紳士的な物腰とどこか謎めいた危険性に、誘蛾灯に向かうガのように惹きつけられている。
リアレが見ていると、アシュベルドにさりげなく近づく一人の女性がいる。長い黒髪の理知的な女性だ。肌の色や顔立ちからして、東洋人であることに間違いない。思いのほか身長が高いことと、履いている高いヒールの靴も手伝って、会場内で彼女は結構目立つ存在だ。しかし、女性はそれを嫌がる素振りも見せない。なかなか度胸のある人物だ。
「あれが、資料にあった燕雀寺祢鈴か」
リアレは彼女の名を口にする。
「はい。アシュベルド長官専属の相談役です。何でも、彼が個人的に指名し、わざわざ遠く神州から呼び寄せたとか」
彼女がアシュベルドに何やら囁くと、彼はうっすらと笑みを浮かべる。何事にも心が動かない冷血漢のように見えた彼が感情を見せたことに、内心リアレは驚いた。
「ということは、相当な実力者か」
「はい。月の盾では絶対的なカリスマを有する長官に、面と向かって意見できるただ一人の人物とされています。まさに、黄金の鷹の腹心、大隊指揮官の懐刀とでも呼ぶべき人物でしょう」
なるほど。アシュベルドが一目置くのは、彼女が有能故か。リアレはアシュベルドの笑みの理由が分かった気がした。
「いや~、何ともこれはまさにオーセンティックな祝賀会ですねえ。私としても、これからロング・ラスティングになるに違いない両国のアジェンダに興味津々ですよ!」
私の隣で、流行の最先端の夜会服に身を包んだ女性が、大きく何度もうなずく。月の盾の職員の一人、ミゼル・オリュトン。自意識の高さが長広舌に表れる、月の盾の問題児だ。
彼女を一言で言い表すならば、まさに才女という言葉が適当だろう。大手金融機関の内定を蹴って、月の盾に就職したという異色の経歴の持ち主で、おまけに文武両道。経理担当だったのがなぜか血族確保の現場にまで出張し、しかもそれなりの成果を上げている。この前もアシュベルドの助けを借りて、血族に囚われた人質の救出もやってのけた。
「ミゼルさんも、今回の祝賀会には多大な期待を寄せている様子だね」
「もちろんですとも!」
彼女の眼鏡の奥の両眼が、子供のようにキラキラと輝いている。私と共に、アシュベルドを少し離れた場所から見守る立ち位置だ。私が彼と共にいたのもつかの間。すぐに帝国と連邦の要人たちが押し寄せたため、私は彼らにアシュベルドを譲った。
「だってアシュベルド・ヴィーゲンローデ長官が、月の盾と聖体教会という二つのオーガニゼーションがカニバライゼーションするリスクを恐れずに設けた親交ですよ。前に踏み出す勇気によってこそ、ブランド・エクイティは高められ、ひいてはマルチパーパス的な視点からよりプライオリティの高いキャッチング・アップができるというものです!」
……知っての通り、御伽衆という家業はやや後ろ暗いものがある。人を癒すだけでなく、時に病ませるのも仕事だ。二重三重の暗示、自由自在の言い抜け、不安や猜疑を引き起こす甘言。こういった怪しいものも御伽衆は操ってきた。しかし、どうしたことか。ミゼルのまくし立てる高尚と思われる言辞は、御伽衆の私をもってしても解読不能なのだ。
「それにしても今夜のドレス、よく似合っているね」
人の話を聞くことそれ自体は嫌いではない。ミゼルの奇妙な長広舌にはやや閉口するが、嫌悪するほどでもない。私がそうやって彼女の服装を誉めると、ミゼルは嬉しそうに胸を張る。私より年上だが、仕草がやや子供っぽい。ドレスを誉められて喜ぶところが、普段と違って女性らしく見える。
「ふふん、今日という日のために貯蓄したキャッシュを使って購入しちゃいました。将来的マネジメントの一環です!」
いや、やはり彼女はいつも通りのミゼル・オリュトンだ。
「眼鏡も変えて知的な感じが出ているよ」
「『知はまず形から入れ。思考はすぐ発言せよ』! 私の大学時代のメンターの金言です。彼はですね……」
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