第18話:急転



 ◆◇◆◇◆◇



 なるほど。彼女のぶっ飛んでいるとしか言いようのない言動は、大学時代の恩師によって植え付けられたのか。しかし、私がそれ以上彼女の過去を聞くことはなかった。


「おや」


 パーティ会場がざわつく。それもそのはず。ついに王女殿下が動き出した。侍従長から離れ、アシュベルドに近づくとその隣に並ぶ。


「黄金の鷹と白銀の名花が揃ったな」


 実に絵になる構図だ。精悍な笑みを浮かべる猛禽めいた美青年と、その隣に凜と咲く花のように美しい美少女。しかもどちらもその国で尊敬される俊英同士だ。まさに至高の組み合わせだろう。


「うほほはぁ! イイ! これはイイ! すごくヴィヴィッドにイイですねぇ!」


 無駄に盛り上がるミゼルと共に、私は二人の様子を見守ることにした。





「それにしてもすごい人数だな」


 場所を移し、ここは城の外。城のあちこちから突き出した塔の上に設けられた見張り台だ。そこには、小銃を持った二人の警備員がいる。二人が双眼鏡で見ているのは、照明で照らされた城門から、城の中へと続々と入っていく侍女の一団である。その数は明らかに多すぎる。今回の祝賀会の雑事に必要な人数以上だ。


「さすがはクラーリック侯爵。メイド狂にしてメイド卿ってのは本当だな」


 もう一人の警備員も、感心した声を上げる。彼女たちは、有名な帝国貴族であるクラーリック侯爵お付きの侍女たちだ。この侯爵、警備員の発言通りのあだ名をもらっている。何しろ常軌を逸したメイド好きにして、世界的に有名なメイドの衣装専門のデザイナーでもあるのだ。


 確かに、彼女たちは全員、まるでモデルのように見目麗しい。その服装も、主人の徹底的なこだわりが見て取れる。そこには清楚さと洒脱さが奇跡の両立を見せていた。


「今回の祝賀会を新作モデルの発表会と兼ねたいんだよ、侯爵は」

「そりゃずいぶんと商売上手だな」


 そう言って二人は、疑う様子もなく彼女たちの監視を続けるのだった。





「貴君は皆の注目の的だな」


 リアレはアシュベルドの隣に立つと、改めて周囲を見る。


「殿下ほどではございません。騎士の家の出身故、貴き血に連なり人々の上に立つのではなく、むしろ貴き血の方々をお守りするのが私の役目です」


 対するアシュベルドはそう言って謙遜する。確かに、彼の家は由緒正しい騎士の家柄だった、とリアレは思い出す。


「ということは、私も守ってくれるのか?」


 いたずらっぽい笑みを浮かべてリアレは尋ねる。


「殿下がお望みとあらば、夜陰に跳梁する悪しき者どもの牙から、殿下の寝所を死守いたしましょう」


 アシュベルドはうやうやしく一礼する。


「それにしても、貴君のような勤勉な指導者を得て、大統領も果報者だな。さぞ喜んでいることだろう」


 その落ち着いた挙措に舌を巻きつつ、リアレは話題を変える。


「私たちの働きが、連邦国民の安全につながっていますので」

「では、その果てに何を求める?」

「と、申しますと?」


 いぶかしげな表情で、アシュベルドはこちらを見る。本題に入る時が来た、と柄にもなくリアレは一度深呼吸する。彼の前では、年相応の少女になってしまった気がする。


「これは、貴君を一人の男児と見込んで尋ねている。貴君にとって確固たる大義とは何だ? 貴君の生涯における大望を聞かせてもらいたい」


 逃げも隠れもしない、正々堂々たる一手に、アシュベルドは躊躇なく答えた。


「私が求めるものは、公正です」


 公正。明白で正しく公平なこと。実に分かりやすい言葉だ。


「差別なく、邪曲なく、虚偽なく、万民が穏やかに安心して暮らせる社会。もし私に力があるのでしたら、それを実現したいのです」


 まるで若き政治家が有権者に語る理想論だ、と一瞬リアレは感じる。


「ならば……」(その頂点に貴君は立つつもりなのか?)


 もはやその先に続くのは、雑談ではなく詰問だ。リアレがためらいつつも口を開いたその時。


「殿下、一大事です!」


 パーティ会場に続くドアが突如開け放たれ、転がるような勢いで入ってきた者がいる。周囲の人影が、不審そうにざわめきつつ左右に分かれていく。


「何事だ! ヒューバーズ!」


 見間違えようがない。それは侍従長のヒューバーズだ。アシュベルドと会話している間彼に注意を払っていなかったが、少し外に出ていたのだろうか。


「奴らは……!」


 青ざめたヒューバーズは懸命に言葉を続けようとするが、それは叶わなかった。彼の背を蹴って床に叩き付け、会場に入ってきた侍女の一団がいる。彼女たちの侍女の制服でありながら、猛烈なこだわりを感じさせるデザインは見間違えようもない。メイド狂にしてメイド卿である、クラーリック侯爵お付きの侍女たちだ。


「不作法極まる闖入をどうかお許し下さい、リアレ殿下」


 先頭に立つ眼鏡をかけた侍女が、周囲のざわめきを一切無視し、丁寧に一礼する。


「我らクラーリック・モデル一同、殿下をお迎えに上がりました」


 彼女は顔を上げ、真顔で告げる。


「人の興じる宴会は終わりとなります。続きまして、血族の夜会の開催と相成りますので、皆々様ご承知下さいませ」



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