第14話:対面



 ◆◇◆◇◆◇



 連邦の首都からやや北東に位置する街、ウーザークフト。森林と大きな湖が特徴のこの街は、古くから避暑地として知られている。その街の駅に列車が到着し、悠々と停車する。中からまず出てきたのは、物々しい警備の一団だ。それもそのはず。続いて駅に降り立ったのは、ほかでもない“白銀の名花”の異名を取る若き美貌の王女、リアレだった。


 リアレにとって、連邦とはさして興味をそそる場所ではなかった。船旅を終え、港に一歩足を踏み出した時から、それは痛感していた。いや、そもそも予想できていたのだ。どこも変わらない。貴族も市民も、報道陣も有力者も、皆注目するのは自分の外見だけだ。


「ようこそいらっしゃいました、リアレ殿下」


 彼女を出迎えたのは、連邦議会の議員だ。


「栄えある帝国の王女をお迎えできて、我ら一同心から光栄に思っております」


 スーツのボタンが今にも弾け飛びそうなくらいに膨れ上がった下腹と、ハムのように太い手足。そして二重三重に贅肉のついた顔は、リアレに以前動物園で見たカバを連想させた。その、へつらわんばかりの腰の低さ。この手合いは、リアレにとって見飽きた存在でしかない。


「国政の手を止めてまでの歓迎、感謝しよう」


 リアレの声には皮肉が混じっている。帝国と連邦とは、決して友好関係にはない。表面上は紳士的に振る舞いつつ、お互いを出し抜こうとしている緊迫感のある関係だ。それなのに、この議員の態度はまるでリアレの下僕だ。国民の代表たる議員とは思えない振る舞いに、リアレの言葉も自然ときつくなる。


「ありがたいお言葉。殿下のためならば、この程度のことは当然です」

「なるほど、当然か」

「はい、ええ、もちろん」


 その皮肉がまったく通じないことに、リアレはかすかに頭痛を覚えた。


(ふん、連邦の誇りはどこへ行った。貴君はいつから帝国の臣民になったのだ?)


 内心で痛罵するものの、リアレはそれをまったく表に出すことはない。


 改めてリアレは左右に目をやる。周囲には絶世の美少女である王女を一目見ようと集まった大勢の市民と報道陣。そして、彼らとは一線を画す者たちがいる。直立不動でずらりと二列に並ぶ、軍服のような制服を着て、軍帽のような制帽をかぶる者たちだ。周囲の喧噪など無視し、彼らは一糸乱れぬ動作で、リアレが通り過ぎるのに合わせて敬礼する。


「彼らが月の盾の職員か」

「はい、さすがは殿下。聡明でいらっしゃる」


 議員の世辞を聞き流し、リアレは月の盾の面々を見る。軍人そのものの立ち居振る舞いだ。しっかりと訓練されているのだろう。血族はどこかの廃城にひっそり住まうのではなく、ヒトの社会のただ中でヒトを襲う。常在戦場の心意気が徹底していることに、リアレは感心した。


 帝国の聖体教会に属する治療者たちは、皆聖職者の格好をしている。一方こちらはまるで軍隊だ。血族を狩る、あらゆる権力に対する特例となり得る軍。そして、リアレの行く先で待っていたのは――


「ようこそ、連邦へ」


 その姿を一目見た時、リアレの脳にある幻視が刻まれた。それは、猛々しく翼を広げた、金色に輝く羽毛に覆われた一羽のタカだ。


(黄金の鷹……!)


 その人物に与えられた尊称を、改めてリアレは思い出す。他の誰よりも際だって人目を引くその風貌。あたかも神話時代の英雄が、近代的な軍服に身を包んだかのようだ。彼が前線に赴くだけで、兵士たちは喜んで死地に飛び込むだろう。死後に行く英雄の館へ、戦士の守護者たる戦の乙女の手ではなく、黄金の鷹に導いてもらうために。


 一歩一歩、リアレは歩を進める。近づく度に、彼の容貌がはっきりと目に焼き付けられる。酷薄そうな口元。絶対零度の青い瞳。制帽からのぞく黄金の髪。そして何よりも、この世の全てに飽きつつも、この世の全てをひざまずかせようとする、押さえがたい野望に縁取られた美貌。自らが捕らえた獲物を、鋭い嘴で貪る恐ろしいタカがそこにはいた。


「貴君が月の盾長官、アシュベルド・ヴィーゲンローデか」


 自分の声が震えていないことに、リアレは安堵した。かつて面と向かったどんな相手よりも、この黄金の鷹が与える重圧は凄まじかった。だが、自分は帝国の王女である。法と神以外に屈する膝は持ち合わせていない。揺れる内心を押し隠し、歓迎を当然という顔でリアレは彼の方を向く。


「はい、王女殿下。私が月の盾長官にして大隊指揮官、アシュベルド・エリエデン・ハルドール・ヴィーゲンローデと申します。日没を知らぬ帝国の王女のご尊顔を拝せる光栄に、心からの感謝を」


 片方の手を胸に当て、優雅にアシュベルドは一礼する。頭を下げる行為でありながら、その所作には何一つ卑屈さも惨めさも、そして謙遜さもない。


「貴君の活躍はかねがね耳にしている。日々、連邦を血族から守る務めに従事しているそうだな」

「はい。これが今生において、主宰の与えた自分への天命と思っています」


 自分が月の盾の長官となったのは、神慮である。アシュベルドが言わんとすることをリアレは理解し、一瞬背筋が寒くなった。この男は、神さえも野心に利用するつもりなのか。



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