第48話:絶賛
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「『グランド・サーガ』。これが、イニーネ・ランズベリカー女史の提案した誌名です。私も賛成ですね」
アシュベルドと私がカレム社長に駄目出しをしてからしばらく後、私たちはもう一度彼の出版社を訪れていた。
「貴公は随分と様変わりしたな」
「おっしゃる通りです、長官殿。私は正真正銘、心を入れ替えました」
カレムは力強くうなずく。
「私はこれから社員のため、連邦のため、宇宙のために、私の財と才を用います」
その顔は、以前の利己的で嫌みなカレムではない。実際、この出版社の雰囲気は以前とは違う。以前の社内はいつも社長の顔色を伺い、刺々しい雰囲気で満ちていたが、今は和やかで明るく爽やかだ。少々言葉に意味不明なものが混じるが、カレムは善人になったらしい。
「長官殿は先見の明がございます。彼女の企画がこれほど素晴らしいものだったとは。ああ、九枝人というだけでこれを捨てた私は、何と愚かだったのでしょう!」
自らの過去の過ちを嘆く社長に、アシュベルドは告げる。
「能書きはよい。実際に見せてもらおうか」
「はい! 是非ご覧下さい!」
そうして、私たちは彼が差し出した企画書を目にした。
月の盾長官アシュベルド・ヴィーゲンローデはある日、卑劣な血族の襲撃から人々をかばい命を落としてしまう。しかし彼が目を覚ますと、剣と神秘の生きる別世界へと転移していたのだ!
「面白い。私の世界の神が私を否定するのならば、この新世界の神を屈服させ、再び元の世界に戻ろうではないか。黄金の鷹の進撃を阻む者などいないと知れ!」
圧倒的なカリスマで現地の住民を従えていくアシュベルド。彼の元には、迫害されたエルフ、蔑まれるドワーフ、差別に苦しむ様々な種族が集う。
「我が旗の下に集え。この黄金の鷹が貴公らを支配することを喜びとせよ!」
腐敗した貴族たちを成敗し、堕ちた教会を粉砕し、汚職に満ちた王国を焼き払い、アシュベルドは覇王として進軍していく。
だが! この快進撃に恐ろしい壁が立ちはだかった。異星よりかつて飛来した邪神が突如として目覚め、アシュベルドの理想郷へと牙をむく。
「この世界は貴様のような下等生物のものではない。私のものだ。たとえ神であろうとも、我が覇道を阻むことは許さん!」
地上最強のカリスマが繰り広げるルール無用の逆襲物語。黄金の鷹の飛翔を刮目せよ!
「……そう来たか」
「……来ましたね」
「どう思う?」
「実に個性的です」
「貴公もそう思うか」
「ええ、長官殿と同感です」
「ふむ、やるかたない」
「心中、察します」
「やはりそうか」
「恐らくそうでしょう」
アシュベルドと私の会話を、カレムは目を輝かせて聞き入っている。
(阿吽の呼吸で極めて高度な会話をしておられる)
とでも思っているのだろう。
(そんなわけがあるか! なんなんだこの超越的なまでにこっ恥ずかしい小説のあらすじは!?)
私と彼がしているのは、現実を受け止めるまでの猶予とでも呼ぶべき逃避だ。だが、分かってもらいたい。月の盾の機関誌の企画書に、アシュベルドを主人公にした小説のあらすじが書かれているのを読まされたのだ。しかも、分厚い設定資料集付きで。
御伽衆として、人間の精神の暗闇を覗き込む私がショックを受けたのだ。彼のショックは計り知れない。まして、あの小説の主人公は彼自身なのだ。
(なんで俺が主人公!? なんでいきなり死んで別世界に転移してそこで戦争起こすの!? エルフとかドワーフとかと恋仲になってるし!? どうして邪神と戦う英雄になってるわけ!?)
きっと、彼の脳内はこんな状態だろう。混乱のるつぼそのものだ。
「素晴らしいです! まさに彼女は天才です! 我が社は全力で彼女の企画を推進します! いいえ、それだけではありません。我が社のコネクションを全て使い、あらゆるメディアや産業にも働きかける予定です! 長官殿! あなたの威光を連邦中に、いえ世界中に輝かせましょう!」
一人、カレムだけがやる気満々で怪気炎を上げていた。……この惨状に、私も一枚噛んでいるのことを認めざるを得ない。アシュベルドの尻馬に乗る形で、私もカレムをかなり追い詰めてしまったからなあ。アシュベルドは失念していた。九枝人だからと言って不当に差別するのは論外だが、だからといって持ち上げすぎるのも問題だったのだ。
まさか、普段はしごく真っ当な記事を書いていたイニーネ・ランズベリカーが、こんな奇っ怪な企画を温めていたとは。私と彼は、彼女の企画を推薦する前に、一度目をしっかり通すべきだったのだ。彼女もまた、黄金の鷹の熱烈すぎるファンだったのだろう。引くに引けない私と彼は、結局カレムにグランド・サーガの発刊を一任するしかなかった。
――その後。グランド・サーガは無事発刊され、記録的ベストセラーとなる。件の小説は、アシュベルドのたっての願いで「どう見てもアシュベルドにしか見えないが名前の違う別人」を主人公として連載が開始され、これまた大好評を博した。余談だが、この出版社は後に神州で球団のオーナーとなる。そのチーム名は六天ゴールデンホークスだった。
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