第49話:偏愛



 ◆◇◆◇◆◇



「ふ、ふふ、ふふふ……。ついに入手したぞ……」


 ここは連邦とは海を挟んだ場所に位置する帝国の首都。そこに建つ王宮の一室だ。海外から船便を経て届いた荷物を前にし、不気味な笑いをもらす少女が一人いる。プラチナブロンドの髪を左右に結んで垂らした、ビスクドールのように美しく可憐な少女だ。彼女こそ、この帝国の王女リアレである。


「『グランド・サーガ』定期購読者のみが応募できる抽選の特賞、月の盾長官をプリントした抱き枕がっっっっ!」


 その恍惚とした表情は、断じて王族が、それもリアレのような愛らしい少女のするべき表情ではなかった。リアレは鼻息荒く、荷物を手にとって立派なベッドに放り投げる。それは、アシュベルドの等身大の写真が描かれた抱き枕だった。


 連邦で発刊されているグランド・サーガは、海を越えて帝国でも講読できる。読者の購買意欲をさらにそそらせるため、グランド・サーガには様々な購読特典が付いていた。ポスター、ぬいぐるみ、プロマイドなどなど。特にこのアシュベルドが描かれた抱き枕は、限定生産の上に抽選でしか手に入らない、まさに究極のレアアイテムである。


「既に特典の等身大ポスターは展示用、保存用、布教用の三つ確保してある。さらに抱き枕まで手に入れられるなんて……。ああ、神よ、感謝いたします」


 唐突に祈りを捧げるリアレ。遠目に見れば敬虔な少女の祈りに見えるのだが、顔を見ればにやけていて台無しである。彼女の痴態を、壁に貼られた等身大アシュベルドのポスターがじっと見ていた。


「で、では、ついに……」


 口元をシルクのハンカチで拭いつつ、リアレが抱き枕の待つベッドにダイブしようとしたその時だった。


「殿下、よろしいでしょうか」

「うひぃぃッ!?」


 穏やかなノックの音が聞こえ、リアレは跳び上がった。大慌てで抱き枕をシーツの中に隠し、「どうぞ」と言う。


「失礼いたします」

「ヒュ、ヒューバーズか。どうした?」


 入ってきたのは、礼服を着こなし鎖付きの眼鏡をかけた瀟洒な老執事、すなわち侍従長のヒューバーズだった。


「そろそろ公国の大使が来られるお時間です。ご準備を」

「ああ、そうだったな。ありがとう、ヒューバーズ」


 全身全霊で平静を装うリアレを一瞥し、続いてヒューバーズは彼女の私室を見回す。


「それにしても、随分と揃ってきましたな」

「な、何がだ?」

「月の盾関連の商品です。読本、写真集、小物、まったくもってたいした商魂です。特にこれはなんでしょうか?」


 彼は傍の机に歩み寄ると、そこに置かれた小さな香水の瓶と箱を手に取る。


「『月の盾長官をイメージした密やかな月夜のフレグランス。この香りと共に、気高き黄金の鷹があなたの傍に降り立つ』とは……」


 箱に書かれた一種のフレーバーテキストを読み上げるヒューバーズと、どんどん顔が赤くなっていくリアレ。ファンの間ではうっとりするようなテキストでも、部外者がそれを読み上げると、まるで自分の日記を音読されているような恥ずかしさがこみ上げてくる。


「正直に言って、彼の月の盾長官とこの香水がどう関係あるのか、理解に苦しみますな」


 リアレの私室は、このところやたらと商品化されている月の盾関連の商品で徐々に占有されている。それというのも、以前彼女を血族の襲撃から華麗に救い出したのが、ほかでもないアシュベルドなのである。以来、すっかり彼女はアシュベルドの大ファンになってしまった。帝国の王族が、連邦の長官に熱を上げるという、何とも頭の痛い事態である。


「そう言うな、ヒューバーズ。彼らの商才には学ぶべきものが多い。帝国も貴族がその爵位をブランドとしている。彼らの収入源の一つだ」


 しばらく頭を捻っていたものの、ようやくリアレはもっともらしい言い訳を思いついた。確かに彼女はアシュベルドのこととなると年相応の残念な少女だが、それ以外の点では王族にふさわしい才知を有している。


「つまり殿下は、月の盾の商業戦略を実際に学ぶため、この手の商品を買いそろえているのですね」

「まあ、そんなところだ」


 何とかごまかしたつもりのリアレだったが、長い付き合いの侍従長の目はごまかせなかった。


「……殿下、私の前では装わずとも結構ですよ」

「すまない、ヒューバーズ」


 優しくそう言われては、リアレも謝るよりほかない。


「いえいえ。趣味や秘密の一つも持たずして、どうして庶民の悲喜を我が身の悲喜と感じる王族が育ちましょうか」


 ヒューバーズの理解ある言葉に、リアレは顔を輝かせた。


「そ、そうだな。私が私費でグッズを買いあさってしまうのも、載ってる小説の続きが気になって眠れないのも、二十ページくらいファンレターを書きたくなるのも普通なんだな」


 しかし、リアレの重い熱愛を見過ごすほど、侍従長は甘くなかった。


「殿下。くれぐれも、ご自分のそういう趣味を人に話して相手が引かないよう、ご注意下さいませ。公私をわきまえることを、私は期待しております」

「はい、気をつけます……」


 釘を刺すヒューバーズと肩を落とすリアレの構図は、まるで孫の趣味に苦言を呈する祖父のそれだった。



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「平和的」独裁者の手放せない相談役 高田正人 @Snakecharmer

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