第3話:血族
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さて、血族について少し簡単に説明しよう。彼らについては、古くから吸血鬼とかヴァンパイアなどという卑称がある。一見するとオカルトの産物だが、実際は血中に線虫という生物が寄生した感染者だ。だから伝承にあるような、陽光で灰になり、聖なるシンボルを恐れ、流水を渡れず、心臓に杭を刺さない限り死なないわけではない。
確かに血族は夜行性で、全体的に泳ぎが苦手で、心臓に杭を刺されたら重傷を負う(死なないところが恐ろしい)。だが、彼らは生きているし、治療も可能だ。投薬と特殊な処置で、血中の線虫を殺して快癒させることはできる。そういった血族を狩り、さらには転化した犠牲者を確保して治療するのが、アシュベルドの属する月の盾という組織である。
恐ろしいことに、血族は自分が血族であるという認識が薄い。表面上人間として振る舞いつつ、「仲間を増やす」という線虫の目的を遂行することを第一としていることに自覚がないらしい。だから、血族の被害は知らぬ間に広がる。ある夜いきなり配偶者に噛み付かれて線虫を寄生させられ、次の日の夜には自分もまた子供に噛み付くといった具合だ。
特に西洋では、一時血族の被害が甚大だったらしい。いくつもの国の中枢、つまり王族や議会や政界が丸ごと血族に乗っ取られ、危うく国家というものが機能しなくなる寸前だったようだ。だからこそ、彼ら血族を狩る月の盾は単なる害虫駆除業者ではなく、超法規的な権限がいくつも認められている、言わば秘密警察のような組織となっているのだ。
そして、その月の盾の長官こそ、私のクライエントであるアシュベルドである。彼の両親も、まさか彼が二十代で月の盾のトップにまで登り詰めるとは思いもよらなかっただろう。私も幼少の頃に彼と会っているのだが、あの気の小さそうなひ弱な少年が、再会した時は憂国の青年将校とでも形容すべき姿形になっていてずいぶんと驚いたものだ。
「だからありえないだろ! なんで俺を大総帥にしようとする動きがあるんだ!」
アシュベルドが私の部屋を訪れてしばらく時間が経ち、いい感じに彼の緊張もほぐれてきた。私以外の人目がないことをいいことに、すっかり彼は口調を素に戻して息巻く。ソファの背もたれに身をもたせかけ、信じられないと言った感じで首を左右に振り回す始末だ。
まったく、日中月の盾の長官として振る舞う時の彼とは、別人のような振る舞いだ。絵に描いたようなカリスマの持ち主、深謀遠慮の権化にして逆らう者を決して許さない冷徹な自信家、といった仮面はすっかりどこかに消えている。今の彼は、周囲からの過剰な期待と思い込みに頭を悩ませる、等身大の男性そのものだ。
機密の漏洩という点ではご心配なく。我が燕雀寺の家は代々御伽衆として、権力者の傍らに侍ってきた。彼らの人に知られたくない悩みや秘密を打ち明けられ、相談に乗ってきた。当然私も、アシュベルドの素顔を誰にも教える気はない。クライエントに対して守秘義務を貫くのは、当然のことである。御伽衆とは信頼関係が命の仕事だ。
仮に私から強引な方法で――たとえば暴力や洗脳など――で機密を知ろうとするならば、私の頸部に打ち込んである三本の鍼が反応するよう施術されている。これが私の脳細胞を物理的に破壊して記憶を抹消し、機密は無事保護されるというわけだ。まあ、私の方は運がよければ死なずに済むだろう。死ぬことよりも、機密がもれることの方が困る。
この通り、御伽衆という仕事は真っ当ではない。言わば権力者の影に控える者たちだ。燕雀寺という家は代々それを行ってきた。その末裔である私も、ご覧の通り海外の権力者の傍らに仕えているのだが。アシュベルドとは幼少の時にほんの数回会っただけなのだが、なぜかこうして彼に招かれ、私は月の盾で長官直属の客員として働いているのだ。
「それだけ君が皆にとって魅力的なんだろう」
私は彼にそう返答する。傍耳として傾聴を仕事とする御伽衆だが、だからといって無言でただ聞いているだけではない。話し手が求めているのは何を言ってもうなずくだけの張り子のトラではなく、会話の応酬ができる聴き手なのだから。それにしても、大総帥とは大きく出たものだ。
今、連邦の政治のトップに立つのは大統領である。しかし、何らかの非常事態が発生した場合、大統領は辞任し、議会は解散し、すべての権力が特定の個人に集中するシステムがある。その個人こそ、大総帥と呼ばれる存在である。一応任期は決められているが、大総帥は自分の権限で任期を無期にすることも可能だ。早い話が、独裁者の片道切符だな。
そして大総帥になれば、晴れて連邦の諸問題が一気に双肩にのしかかってくる。各州の税金の不平等、南部穀倉地帯の不作、北東の二つの州の長年にわたる因縁、流浪の民なれど優秀なある民族への差別、北部工業地帯の環境汚染、海を挟んだ帝国とそれに付随する列強の内政干渉。まさに大総帥の座とは、毒蛇と毒虫がいっぱいに詰まった壺に等しい。
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