第25話:無耶
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リアレはとっさに二の句が継げなかった。普段ならば、淀みなくその場にふさわしい言葉を発することができただろう。けれども、リアレもまた精神的に参っている。しかも、議員のした質問はどれも、答え方次第では揚げ足を取られるようなものばかりだ。
「どうされましたか? 皆、固唾を呑んで聞いていますので、遠慮なく。さあ、どうぞ」
議員はあたかも詰め寄るかのように一歩前に出る。リアレは周囲を見回す。誰も彼も、こちらを注視している。連邦の高官たちは、内心の帝国への不満を隠さない顔で。帝国の貴族たちは、王女にふさわしい起死回生の発言を期待した顔で。誰一人、リアレと並んで彼女を助けようとする者はいない。一人もいない。その事を痛感しつつ――――
「わ、私は…………」
リアレが何も思いつかず、それでも口を開いたその時だった。
「――具体的に、と言ったな」
その声は、あたかも満員の聴衆を前にして、堂々とアリアを歌う歌手の如く、礼拝堂の中に響き渡った。
「えっ……!?」
リアレは目を疑った。いつの間にか、礼拝堂の裏口が開いている。そこに立っていたのは…………
「ならば、皆に分かるよう、簡潔に教えよう」
長靴の音も高らかに彼は大股で近づくと、リアレの横に当然のように並ぶ。
「ちょ、長官殿!?」
議員が驚愕一色に染められた顔で後じさる。月の盾の制服に身を固めた偉丈夫の名は、アシュベルド・ヴィーゲンローデ。栄えある月の盾の大隊指揮官である。そして、後ろに控えているのは燕雀寺祢鈴だ。
「この事態をどう思っているのか。私としては、大いに楽しんでいる」
「なっ……!?」
リアレは絶句した。楽しむ? この非常事態を? 彼女の動揺を無視し、アシュベルドは冷酷な笑みと共に言葉を続ける。
「諸君、私が貴公らに期待するのは、無意味な能書きや肩書きなどではない。危難の際に、どれだけ実際的な対応ができるかどうかだ」
周囲の貴族も高官も顔を見合わせている。
(つまり、血族から避難できた我々は、長官の眼鏡にかなったということか?)
と思っているのだろう。それは事実だった。
「喜ぶがいい。有事の際に見事冷静に対処し、こうして未だ人であり続けられる貴公らは、見事合格だ。ならば合格者の余裕と慈悲をもって、これより不合格者を救出しようではないか」
皆が顔を上げ、アシュベルドの方を見る。かすかな喜びが波紋のように広がっていく。あの月の盾の長官に合格と言ってもらえたのだ。これを喜ばずにいられるだろうか。
「そして次に、責任の所在がどこにあるのか。もちろん、全て私にある」
今度こそ、リアレは驚きを隠せなかった。アシュベルドは、全ての責任が自分にあると言ったのだ。
(なぜだ!? なぜそんなことを言う!? そんなことを言えば、自分に不利になるのは分かっているのに!? どういう裏があるんだ!?)
目を白黒させるリアレに気づいたのか、アシュベルドは横目でこちらを見た後、安心させるかのように一瞬だけ笑って見せた。その笑みに、不思議なくらい安堵するのをリアレは感じた。
「故に、今この城にいる血族は、爵位の有無を問わず、男女の別を問わず、身分の差異を問わず、全て私の獲物となる。全て、全て、全てだ。帝国の聖体教会には指一本触れさせるものか。この私の、そして月の盾の獲物だ。ただの一人も、逃がすつもりなどない」
その笑みとは裏腹の、苛烈極まる言葉が、アシュベルドの口から発せられる。
それはあたかも烈火だ。言葉を通し熱意が伝わっていく。熱意は情熱へ、情熱は容易に狂騒へと変わっていく。人々は理解したに違いない。アシュベルドは狩りを始めるのだ。黄金の鷹にとって血族など、狩りの対象でしかない。彼は狩りの愉悦のためだけに、この城と集う人々を生贄にしたのだ。何と恐ろしく――なのに素晴らしく感じてしまうのか。
「最後に、今後の展望を聞きたいか」
心酔の表情でこちらを見つめる人々に、アシュベルドは畳みかける。
「――無論、殲滅だ。それ以外の選択肢など、私の眼中にはない」
彼は拳を握りしめる。もはや、礼拝堂は彼の独壇場だった。神に捧げる敬虔な祈りの代わりに、人々の狂信的な熱気を飲み干し、アシュベルドは告げる。
「我々は進軍する。敵の死骸を踏みにじり、味方の死骸を乗り越え、血塗れの勝利を手にするまで、我々は戦いをやめるつもりなどない。月の盾ではない貴公らは、そこで聞くがいい。我が月の盾が奏でる、破壊と浄化の協奏曲を」
ふと、リアレは燕雀寺祢鈴がうつむくのを見た。笑いをこらえているように見えたが、あれはきっと感動で涙ぐんでいるのだ。
「長官殿!」
誰かが、感極まったかのように叫んだ。
「長官殿!」
「少佐殿!」
「大隊指揮官殿!」
「アシュベルド・ヴィーゲンローデ殿!」
「ご命令を!」
「どうかご命令を!」
「我らに命令を!」
勇みに勇む月の盾の職員の歓呼を浴びつつ、黄金の鷹はあたかも聖者を堕落させる悪魔のように微笑した。
「さあ、諸君。今宵も素晴らしき惨劇を始めよう」
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