第23話:誤解



 ◆◇◆◇◆◇



「――急ぎに急ぎ、律令の如く厳しくせよ」


 急急如律令。中夏でよく用いられる文言だ。中東のランプに中夏の成句とは、実にちぐはぐだ。だが、変化はすぐに生じる。何も入っていないそのランプの先端から、もくもくと黒煙が生じる。中には彼の刻んだルーンともう一つ、別の人物の施術が刻まれている。


「お呼びとあらば即参上。日用品から軍需物資まで何でも運ぶ皆さんのための便利屋、シャザーム・バルズスフさんですよっと」


 煙の中から、あたかも中東の精霊であるジンのように姿を現したのは、中年の男性だ。褐色の肌に濃い口ひげとあごひげ。どこか憎めない悪人顔。そう、彼こそが月の盾の職員の一人、シャザーム・バルズスフだ。


「私の期待通りだな、シャザーム」

「そりゃもう、ほかでもない少佐殿の命令ですから。たとえ大統領から依頼されててもうっちゃってあんたのところにはせ参じるってもんですよ、ええ」


 すっかりよそ行きの顔で、アシュベルドはシャザームに話しかける。対するシャザームは、滑稽ささえ感じる大げさな動作で、うやうやしく彼に一礼する。


 彼の使う技能は「壺中天」。中夏の仙人の術で、小さな壺の中に別世界を作り上げるというものだ。相手に錯覚させるだけなら御伽衆でもできるが、こちらは実際に空間を変異させる。と言っても、彼は仙人になれなかった人間である。本物の仙人のように壺の中に別世界を作ることはできないものの、壺などを媒介にある程度空間を操作できるのだ。


 ご覧のように、ランプを介してシャザームは離れた場所からアシュベルドの前に空間を越えてやって来た。ああ、なるほど。確かにこの人物は今の私たちに必要だ。彼さえいれば、占拠した倉庫から武器を一度に運んだり、あるいはそもそも外部から武器を取ってくることも可能となる。


「おや、隣にいらっしゃるのは腹心の燕雀寺殿じゃないですか」


 私に気づいたらしく、シャザームがこちらを見、次いでにやりと笑った。小悪党が悪だくみを思いついた、といった感じの顔だ。


「ってことは、必勝の策が既にできあがっている、ってことですか。さすがは長官殿。まったくもって恐ろしいお方だ」


 何やら一人で納得し、シャザームはうんうんとうなずいている。


「下はどうなっている?」


 シャザームの思わせぶりな態度を完全に無視し、アシュベルドは簡潔にそう尋ねる。


「いやはや、とんでもないですなあ。約束通り来てみたら驚きましたよ。まるで角砂糖にたかるアリだ。メイドにぼんぼんにレディにノーブル。一緒くたになって防壁を突破しようと苦心惨憺って感じですよ」


 おどけた様子でシャザームは状況を説明する。


「血族とは接触したか?」

「まさか。俺はこう見えて荒事は苦手なんですってば。こっそり隠れてうかがってましたよ」


 どうもこの男は手癖が悪い。月の盾の職員という肩書きはあるが、どちらかというとうさん臭い悪徳商人、あるいはこそ泥と言われても仕方がない物言いと態度だ。


「でも、少佐殿はこれから打って出るんでしょ? ね?」


 期待に満ちた表情でシャザームは食いつく。


「そのとおり。故に、貴公の壺が必要になるということだ。私の部下たちの手に握らせる武器を用意できるな?」

「もちろん。長官殿の命令一下、ここにたかったアリたちを瞬く間に戦場の花火にして差し上げますよ」


 どんと来い、と言わんばかりにシャザームは胸を張る。まあ、頼もしい人材ではある。


「貴公の働きには期待しているぞ。早速準備にかかれ。他の者はこの階下、礼拝堂に集まっている」

「了解しました、長官殿。ではお先に失礼します」


 わざとらしく敬礼してからシャザームは駆け出そうとしたが――


「あ、これは純粋な好奇心って奴なんですがね」


 何やらにやつきつつ、シャザームはきびすを返し、アシュベルドに近づく。


「ねえ長官殿。あんた、こうなることを予測していたんじゃないですか?」


 シャザームは訳知り顔だ。まるで『大丈夫大丈夫。俺はあんたの味方ですから否定しなくてもいいじゃないですか。分かってますって』と言わんばかりのなれなれしさだ。勝手にアシュベルドの行動を深読みし、勝手に自分もそれに一枚噛んだ気になっている。


「俺の壺はこういう時こそ役に立ちますが、普通にものを運ぶならトラックの方が余程便利だ。じゃあ、なんで俺は今夜、移民でありながらこうして城に招かれたんでしょうなあ? あまりに都合が良すぎません?」


 シャザームの予想によると、アシュベルドは今夜血族の襲撃があることを知っていた上で、わざと見逃したということになる。


「なるほど――」


 思わせぶりなシャザームに対し、アシュベルドも思わせぶりに腕を組む。その目が細められ、冷たい眼光が相手を射る。


「おおっと、いかんいかん。今のはただの戯れ言ですってば、戯れ言。本気にしないで下さいよ」


 彼の全身から滲み出る威圧感に怯えたのか、白々しく笑いながらシャザームは手を振って愛想を振りまく。



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