僕とカラフル少女!

 桃香の口から発せられた、優しくて甘ーい声。その言葉の内容が……僕はすぐに理解することが出来なかった。


 そんなカチカチに固まった状態の僕に向かって、桃香は続けて言う。


「だーから。私の方が相馬君のこと、だーいすきなんですよ。とっても。とーっても」

「……えっ。……ええ!?」

「フフっ、なんなんですかその声は」

「いや……え!? えぇー!?」


 桃香の予想外な返事に僕は驚いてしまった。……いや、驚きなんてもんじゃない。仰天……いや天変地異……?


 つーかおい深瀬! お前の言ってたこと当たってるじゃねぇか! 嘘じゃなかったのかよ! 深瀬のくせに!


 と、そんな驚きテンパっている僕など気にする様子もなく、桃香は立ち上がって僕の隣に座った。


「えへへ、相馬君。そう言えば相馬君の下の名前ってなんでしたっけ?」

「え、いや……白兎はくとだけど」

「へぇー。ちょっと変わってますね」

「まぁよく……言われるけどさ」


 そう。僕の名前は変わっているのだ。白兎ってなんだかキラキラネームみたいだし、僕自身この名前を気に入っていなかったのだ。まぁでも……


「だけど、とってもカッコイイですよ。相馬君にぴったりな名前です」

「そう……かな?」


 桃香にそう言われちゃ、そんな考えも一瞬で変わってしまうのだ。


 僕がずっとダサいと。恥ずかしいと思っていた名前が桃香の一言で変えられてしまう。僕を苦しめていた呪いをすぐにぶち壊してくれる。


 そんな天使みたいな彼女に……僕は惹かれていたんだな。


「なぁ、桃香。よかったら……これからは僕のことを名前で呼んでくれないか?」


 僕がそう言うと、桃香は少しも考える素振りを見せずに「もちろんですよ! 白兎君!」と答えてくれた。


 そして僕は無言で……隣に座っている桃香を抱きしめた。


「白兎……君?」

「桃香……」













「僕と結婚してくれっ!!!!!!」



 それを聞くなり桃香は肩を上下に震わせて……大笑いするのだった。


「……んっふふっ! ははっ、あははっ! はっ、白兎君っ! 気が早すぎますよ!そこは『付き合ってくれ 』じゃないんですか!」

「……」


 しまった。気持ちが高ぶりすぎて、言うべきセリフを3段階くらいすっ飛ばして言ってしまった。恥ずかしっ。


「んあははっ! はははっ!!」


 でもまぁこんなに笑顔の桃香を見れたから……いいのかな?


 桃香は笑いに笑い、やっと収まったかと思えば、僕に体を寄せてきた。


「フフっ、でもまぁ……結婚を前提にお付き合いするのも。悪くないかもしれませんね」

「えっ、それって……」

「はい。白兎君、私と付き合ってください。私の知らない世界をもっと見せてくださいよ」


 ……言った。桃香は確かに「付き合って」と言ったのだ。空耳なんかじゃない。


 桃香の気が変わらない内に、僕は思いっきり叫んだ。



「もっ、もちろん!! 僕が桃香を幸せにしてやるよ!!」

「頼もしいですよ、白兎。本当に大好きです」


 そして今度は桃香から、僕を抱きしめてきたのだ。当然僕も抱きしめ返した。


 この狭い密室にはとても暖かくて平穏で……これ以上ないほどの幸せな時間が流れたのだった。


 ああ……時よ。止まれなんて言わないから……せめて10分の1のスピードで流れておくれ……





 まぁそんな願いも虚しく、普通に時間は経って観覧車は一周してしまった。


 僕は桃香の手を取って観覧車から降り、その手を離さずにみんなの所へと向かって行くのだった。


「行こうか、桃香」

「はいっ、白兎」


 ──


 次の日から僕の生活は一変した。話しかけたことのないクラスメイトから「女王と付き合ってるの!?」だの「何でお前なんかが?」だの、褒めてるのか貶しているのか分からない言葉を次々に浴びせられた。


 それらの言葉に僕は適当に返事をして、「どうせバレているのなら」と開き直り、学校の中でも桃香と過ごしだした。一緒に喋って、一緒にご飯を食べて、図書館で一緒に勉強して……


 もちろん約束の通り、色々な遊びもした。カラオケや映画、買い物や海にだって行った。その度に見せてくれる桃香の新鮮な表情が……僕にはたまらない程の幸福だったんだ。


 あれからの生活はとっても楽しくて……夢みたいな日々だった。でもそれは夢なんかじゃなくて……


「白兎! 明日はどこに行きましょうか!」


 ちゃんと現実だ。僕の天使でもあり、彼女でもあり、沢山の感情、カラフルな感情を見せてくれる、可愛い女の子はここに……僕のそばに居るのだ。


「明日はフリマに行こう! 僕のお気に入りの場所で開催されるんだ!」

「フリマですか! よくわかんないけど楽しみです!」

「ああ、そうだろう! 不安なら深瀬でも呼ぶか?」

「はい!」


 この幸せな日々はきっと。きっといつまでも続いていくのだ。


 ──


 私はバカでかい公園の端っこで立ち、震えながらスマホを握りしめていた。くそっ、あの熱々バカップルはまだ来ないのか。


「……ん?」


 すると突然私の手に振動を感じた。メッセージが来たのだろう。当然見てみる。


「すまん深瀬! 桃香が急に熱が出たらしいから、お見舞いに行ってくる! 今日はキャンセルだ!」


 ……にゃろー。相馬っちのヤツめ。今度会ったら顔面を20発くらい殴ってやる。


 イラついたように私はスマホを切って、顔を上げた。


 目の前では老若男女がブルーシートを引いたり、テーブルを出したりして、何やら準備をしていた。


 ……ああ、そうか。相馬っちが何か言ってた気がする。フリーマーケットがあるとかなんとか。


 でも私はもうここに用なんてないし、早いうち帰ろう。華村ちゃんみたいに風邪になるかもしれないしね。


 抱えているバックを持ち上げて、道路の方へと歩きだそうとしたその時──


「えっ?」


 いかにも怪しい人物を発見した。沢山の人がフリマの準備をしている場所から少し離れた場所……そこに引かれたボロボロブルーシートの上に正座している老婆の姿があったのだ。


 ……行かなくては。本能がそう呼んでいる。未来の新聞部部長である私は、スクープを逃すわけにはいかないのだから。


 私はダッシュで近づき、老婆に話しかけるのだった。



「あ、貴方は何者ですか!」

「ふふ、ただのしがない老婆じゃよ」


 いやただの老婆じゃないでしょ。全国の普通のおばあさんに謝ってよ。


「えっと……それで何してるんですか?」

「フリーマーケットじゃよ。ほら、そこにも商品置いてあるじゃろ?」


 そう言って老婆は足元を指さす。


 ひび割れたガラス玉に、ボロっちい腕時計、そしてやけにごっついカメラ……


 ゴミかな?


「……それが売り物なの?」

「うむ、お主になら安くしてやらんこともないぞ」


 いやいやいらないよ、なんに使うのそれ!


 何か無理やり押し付けられそうな気がしてきたので、私はこの場から立ち去ろうとした。


「えぇっと……私用事思い出したので……」

「……うむ? お主、用事なんてないはずじゃろ?」

「えっ、いや、あるよ!」


 やばっ、あからさま過ぎたかな……? それにしても勘のいいババアだ!


「ほら、実は私の友達が病気で!」

「……それは本当のようじゃな」


 何で見分けられんのー!???


 もうヤダ。怖いこの人……


「ふふ、お主『何故分かるのか』と思ったじゃろう」

「いや思ったけど……」

「それは魔道具のおかげなのじゃ」


 えぇ……ヤバいよこの人。怖ヤバだよ。


「それで……お主はこのカメラなら扱えるかもしれん。買わんか?」

「え、い、いらない」


 怖ヤバ……だけどスクープも取れそうな気がしてきた。も、もう少し粘ってみようかな……? ライターの悪い癖だねこれは……


「ふーむ、残念じゃ。これがあればどんな人物の心がスケスケになるというのに……」

「えっ」


 スケスケ? 今スケスケって言った?


「ね、ねぇおばあちゃん! そのカメラ使うと誰でもスケスケなの!?」

「うむ、スケスケじゃ」

「本当に!? 矢上君も!?」

「うむ、スケスケじゃ」

「本当に!?」

「スケスケじゃ」


 や、矢上君もスケスケになるのなら……私は……!! 私はこれを……!!








「買った!! そのカメラァっ!!」

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僕とメガネとカラフル少女! 〜フリマで買ったメガネはオーラの見える魔道具でしたぁ!?〜 道野クローバー @chinorudayo

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