ピンクオーラ

 桜井さんを待っている間、僕は修也にLimeを送ることにした。送る内容はもちろん「桃香を助けに行くから準備をしておけ」である。


 続けて僕は桜井探偵事務所の住所と一緒に「ここに集合」と送信する。


 するとすぐに既読がついて「だる」と一言だけ返信が来た。


 僕は「これが無事に終わったら、また唐揚げ奢ってやるから」と打ち込み、修也をなだめる。


 そしたら「り」と1文字だけ返事が来た。……女子高生か貴様。


 まぁでも了承してくれたらしい。 やっぱり唐揚げの力ってすげーや。


 と、僕がスマホをいじっている間に、深瀬と助手の会話が始まっていた。僕はスマホから目を離さないでいたのだが、自然とその会話に耳を傾けていた。


「えっと片桐ちゃん……だっけ。あなたフリ高生なの?」


(フリ高生とは……相馬達が通っている布里丸高校の生徒の呼び名である。)


「え、そうっすけど。どうしてっすか?」

「いや私と制服同じだったから……ちなみに何年生? 何組?」

「1年の3組っすよ」


 ……ん? 聞き間違えか? いやでも確かに1年の3組って言ったような……?


 思わず僕は2人の会話に入り込んだ。


「なぁ、ちょっともう一度言ってくれないか?」

「え? だから1年の3組……」

「同じッ!!」

「え?」

「同じィッ!!」


 同じクラスやん! 同クラやんか!


「えぇ……同じクラスなのに、お互いのこと認知してなかったの?」


 深瀬が呆れたように言うが、僕のようなボッチはクラスの女子と話す機会なんてそうそうないのだ。


 だから仲の良い女子なんて……名前と顔が一致する女子なんて華村しか。桃香しか。僕にはいないんだよ。


 一方で片桐は何回か首を傾げた後、ポンと手のひらを叩く。


「……あー。今思えば、君っぽい人を教室で見たことありましたね。確か君、女王の下僕ですよね?」

「下僕!?」

「うん。『女王の近くにずっといるから、きっと相馬って奴は下僕だ』ってボクの友達が言ってたっすよ」

「えぇ……違う。全然違うよ」


 下僕って……そんな扱いなの僕? もっとほら「もしかしてあの人が華村さんの彼氏なんじゃない?」 とかそんな噂は出てなかったの?


 ……出てなかったんだろうなぁ。


 片桐は続けて僕に言う。


「で、さっきの話って女王のことっすよね」

「ああ」

「女王が学校に来なくなった理由は聞いて分かったっすけど……君が女王を助ける理由が分からないっすよ。下僕じゃないのなら尚更。どうしてこんな大変なことをやろうと思ったんすか?」


 ……そんなの決まっているだろ。


「もう一度。僕がもう一度華村と遊びたいから。もっと楽しい思い出を華村と作りたいから、助けるんだよ」


 そう言ったら片桐はブハッと吹き出して、大笑いするのだった。


「なぜ笑うんだい? 彼は素晴らしいことを言っているよ」と僕の中のク〇リナが慰めてくれたが、それも長くは持たない。僕は脳内のク〇リナを押しのけて、叫ぶのだった。


「おい、何がおかしいんだよ!」

「あははっ、いやいや、おかしくなんかないっすよ!」

「笑ってる癖に……」


「ごめんごめん」と謝りながらも笑い続ける片桐の言葉は全く説得力がなかった。


「何だよバカにしやがって……」

「いやいや、とっても素敵じゃないっすか。女王……いえ、華村さんもきっと喜んでると思うっすよ」

「……ホント?」

「ホントホントっす」


 疑いながらもオーラをちらっと見たけど、一応どうやら本当らしい。


「じゃあ何で笑った」

「それは……少し羨ましいなって思ったんすよ」

「羨ましい?」

「はい。ボクも囚われたお姫様みたいな状態になった時……桜井さんに助けてもらいたいなって思ったんすよ……!!」


 前のめりになった片桐は、キラキラと目を輝かせている。


「あ、そうですか」


 さっきのイチャイチャから何となくは察していたが、片桐はどうやら桜井さんのことが好きらしい。


「へへ……君も覚えておくといいっすよ? 女の子はみんなお姫様に憧れているってことを!」

「そうなの?」

「そうっすよー! 私の理想はっすねー。悪い人に攫われた後に桜井さんがバッと助けに来てですね……」


 そこからは片桐の妄想話がずーっと続いたのだった。


 ────


 30分程時間が経った時、片桐のスマホから陽気な音楽が流れてきた。きっと着信音だろう。


 片桐は僕らに話すのを辞め、スマホを手に取ると「はい! はい!」と2回だけ返事した後、僕らに呼び掛けた。


「桜井さんの準備が出来たそうっすよ。行きましょうか!」

「分かった」


 僕らは外に出た。


 ──


 そこにはトラックが止まっていた。バンボディと言われる箱型の大きなトラックである。


 そして運転席には桜井さんが座っていた。あんた免許持ってたんかい。


 桜井さんは運転席から僕らに「乗り込め」とジェスチャーで合図をする。


 それに従い僕は荷台へと飛び乗った。それに続けて深瀬と助手さんも飛び乗るのだった。


「あ、片桐も来るの?」

「もちろんっす。桜井さんと一時でも離れたくないっすから……!」

「あ、そう……ん?」


 ふと片桐から気になるオーラが出てきたので、思わず僕は目を凝らして見てみた。


 ビンク色のオーラだ。


 あの時と同じ、矢上や華村と同じ色であった。


 ピンク色のオーラ。これが出てくる条件は確かエロいことを考えている時……と思っていたのだが、どうやら違うのかもしれない。


 ……いや、違うと言うよりかは他の感情もピンク色で表現される可能性がある、と言った方が正しいのかもしれないな。


 他の感情。片桐の今の感情は……『桜井さんに対する恋愛感情』……!


 そうか。恋愛感情でもピンク色のオーラが出現するのか。


 ……ならあの時の華村のオーラの意味って……?


「……っち。相馬っち!」

「ん。ああ深瀬。どうした」

「どうしたじゃないよ! ほら変な人が乗って来たよ!」


 言われて僕は顔を上げると、そこには修也の姿が。


「おい、来たぞソーマ」

「おお。よく来たな修也。これで全員集合だ。片桐、桜井さんに出発の準備をして大丈夫と伝えてくれ」

「分かったっす」


 僕と修也が話しているのを見た深瀬は、納得したような顔をしてこちらを向く。


「相馬っち。もしかしてこの人が華村ちゃんの弟ですか?」

「ああそうだぞ」

「え、本当にヤンキーじゃん! すげー!」


 ……何がすごいんだろう。


 と、準備OKの合図が桜井さんに伝わったようで、桜井さんは荷台の扉を閉めるのだった。


「暗い!」

「おおー!」

「暗いっす!」

「……」


 確かに真っ暗になったが、僕にはこのメガネがある。暗闇でもオーラは見えるので、サーモグラフィー的な使い方をすることができるのだ。


 が、メガネのない3人は暗闇のままなので。


「ちょ、ちょっと相馬っち達! 暗闇に紛れて変なところ触ったりしないでよね!」

「そ、そうっすよ! ボクのは桜井に取っておいているんっすから!」

「……何の話?」


 女子共はなんかギャーギャー騒いでいるようだが、修也は……?


「おい、修也。お前は大丈夫か?」

「……ん、ああ俺なんか眠くなってきたわ」

「えぇ……」

「だって寝る時いつも真っ暗にしてるから……」

「お前すげぇな」


 と、くだらない会話をしているうちに、トラックにエンジンがかかったようで、僕の尻に振動が伝わってくるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る