プリクラは未知の世界なのだ

 そして深瀬はクレーンゲーム機に100円を投入して、リラッスマぬいぐるみの足元をアームの爪で押した。


 ぬいぐるみは土台から落ちるか落ちないかのギリギリまではみ出していたので、ポテッと簡単に落下したのだった。


「よし、ゲット!」


 そう言って深瀬は取り出し口からリラッスマを取り出し、華村に渡そうとする。


「はい、華村ちゃん! 無事取れたしあげるよ!」

「ええっと……これは貰っていいのでしょうか。深瀬さんが取った物ですし」

「いいんだって! そもそもあの作戦は華村ちゃんがいなかったら使えてないしさー!」


 そして深瀬は強引に華村にぬいぐるみを押し付けた。


「わっ、あ、ありがとうございます」

「えへへー。お礼なんかいいのにー」


 深瀬は分かりやすく頭を掻いて照れている。華村も表情からは読み取れないが、感情オーラは黄色に染まっていたことから喜んでいることが分かった。


 だけど……2人とも喜んでいると言うのに。楽しそうだというのに。


 ……なんで僕は素直に喜べないんだろう。


 ……ふと、深瀬は僕が変な顔をしているのに気がついて僕に話しかけてきた。


「ん、相馬っち? どうしたの?」

「いや別に……」


 すると深瀬はにゃっとした顔をする。


「あーわかったー! 私に見せ場を奪われて悔しいんでしょー!」

「……違う」

「強がんなくていいのにー!」

「……ちがうもん!!!」


 ……後になって思い出したのだが、人って本当のこと言われるとめっちゃ怒るらしいっすよ。……まぁこれ以上は言わなくても分かるよな。


 僕はダッシュでクレーンゲームコーナーから出て行ったのだった。


 ──


 僕は前方に太鼓型の音楽ゲームがあるのを発見した。


「よし、あれを一緒にやろうよ」


 僕はその機体を指差した。あのゲームは中学の頃にやり込んだ得意なゲームのひとつなので、カッコイイ姿を華村に見せれるかも……!


 ……と思っていたのだが。


「私はいいやー。音楽ゲーム苦手なんだよねー」

「すみません、私は太鼓は習っていなくて……」


 2人の反応はあまり良くなかった。……しかも華村は本物の太鼓と勘違いしてるしさ……


「……そ、そうか。なら僕1人でやるのもアレだし、止めとくか……」

「いやいいんじゃない? 華村ちゃんと応援してるからやったらいいじゃん」

「……そう?」


 ただ何となく言ったのか、僕に見せ場を作らせてあげようとして言ったのかは分からないが、グッジョブ深瀬。


「じゃ……じゃあやろうかなー?」


 僕は機体に100円を投入して、ゲームをプレイすることにした。


「さあ! 曲を選ぶドォーン!!」


 画面端の太鼓姿のキャラが爆発しながら言う。この演出には何度も笑わせられてしまう。


 そして僕は難易度の高い曲を選択する。さぁやるぞ……!


 ──ポップなミュージックと一緒に速く流れてくる譜面を僕は華麗にさばく。


 ドドドドカカドドカカドドカカド。


 久しぶりにやるため腕は多少落ちていたが、追いつける程度には動けていた。……いいぞ。いいぞ僕ッ!


 ──


『フルコンボだドォーン!!!』


 機体からノーミスでクリアしたことを告げる音声が流れる。


 僕はヒャッハー! と喜びたい気持ちを押さえ込んで「こんなの余裕っすよ」的な顔をしてくるっと後ろを振り向いてみた……


「ははっ、テクニカル過ぎてウケる」

「全然響きませんねこの太鼓。本当に太鼓なのでしょうか?」


 ……だが反応は微妙だった。……いやそりゃ当然か。だってニセモノの太鼓だもん……音ゲーだもん。


 いやまぁ……冷静に考えてさ、音ゲーでカッコつけるってどんだけダセェんだよ僕。しかも女の子達の前で。


 ……あ、うわ、なんかすげぇ体が熱くなってきた。誰か僕のことを土に埋めてくれねぇかな。はは。あははははは。


「ねぇ相馬っち、2曲目やらないの?」

「……あ、うん。やるよ? やりますよ?」


 2曲目は短い曲を選んだ。プレイしてる最中に汗が尋常じゃないほど出たのは、きっと激しい動きをしたこと以外にもあるのだろう。


 2曲目のリザルト画面の表示を飛ばすと、ゲーム終了の画面が現れた。いつもなら1クレ2曲かよと内心で悪態をつくのだが、今回ばかりは助かった。


「はぁ……はぁ……終わったよ?」

「あ、終わった? なら次はプリクラ行こうよ!」


 深瀬は疲れ切っている僕など気にもせず、プリクラを撮ろうと提案してくる。


「……2人で行けばいいんじゃないか?」

「何言ってるの相馬っち! 華村ちゃんが3人で撮りたいって言ったんだから行くよ!」


 はは……またまたご冗談を。華村が僕も含めるなんてさ……音ゲーでカッコつけようとした僕なんかを含めるわけないさ……


「……相馬君。本当に嫌ならいいのですが……皆でぷりくら撮りましょうよ。きっと良い思い出になりますよ」

「……」


 うっ……くっ、苦しい。100%善意で言ってるということがひしひしと伝わってくる。でも……こんな僕が着いてきてもいいのだろうか……?


「やっぱりダメ……でしょうか?」


 僕は……僕は……!!


 ──


 結局着いてきてしまった。だがプリクラコーナーに来てすぐに僕は後悔したのだった。ピンクピンクしてる空間で、ウロウロしている女性客達の中に存在するたった1人の男の僕。何だか目立ったような気がして恥ずかしかったのだ。


「相馬っちー? これとかどうよ?」

「なんでもいいから早くしてくれ」

「……その反応は女の子から嫌われちゃうよ?」

「知らんわ!」


 そんなこと言ったって、本当に何でもいいんだからそう言うしかないだろ!


 じゃあさ、逆にプリクラ機にめっちゃ詳しい男ってどうよ!? 「このシリーズは目が盛れるからいい」とかなんとか言ってたら怖いじゃん!! なぁ!!


 ……と心の中でギャーギャー言っていると、深瀬がひとつのプリクラ機の前で手招きしてきた。僕らはそちらへ向かう。


「相馬っち! これにするよ!」

「……おう」


 正直他のと何が違うのか分からんが、黙っておくことにしよう……


「これがぷりくら……! 早速入ってみましょうよ!」

「ちょ、華村?」


 僕は華村に押し込まれて、プリクラ機の中へ入っていったのだった。


 ──


 中は白い壁に囲まれた、小さな撮影スタジオみたいだった。とても……不思議な場所である。


「うわー変な場所ですねー」

「ホント未知の世界だよ……」


 1週間前の僕に「お前は1週間後女子2人とプリクラを撮ることになる」なんて言っても絶対に信じてもらえないだろうな。


「……んじゃ、相馬っちよろしく!」


 深瀬は機械の端の方を指差す。そこにはコインの投入口があって……


「……400円?」

「お願い!」

「……はぁ」


 別に金払うのは構わないけどさ……これ高くね? 写真撮るだけだよね? う〇い棒何本買えんだよ。


 ……そんな僕の心でも読み取ったのか、深瀬が言う。


「まーまー相馬っち。証明写真もこんくらいするじゃんか」

「証明写真はちゃんと使い道があるだろ……」


 そう呟きつつコインを4つ投入する。


 するとどこからかともなく若い女の音声が流れだしてきた。


『まずはキメ顔をするよ! 3、2、1』


「キメ顔って何だよ!!」

「相馬っち!! なんかいい顔してよ!!」


 \カシャ/


『うわぁー! 美味しそうなケーキ! 3、2、1』


「ケーキ!? どこにケーキがあるのですか!」

「華村ちゃん!! そういうことじゃないんだ!!」


 \カシャ/


『次は全身を写すよ! 3、2、1』


「……」

「……」

「なんで2人とも気をつけの姿勢なの!!!」


 \カシャ/


 ──


「疲れた……」


 僕は撮影が終わった後すぐに出てきて、ベンチで飲み物を摂取していた。だが2人は落書き? というものをやっているらしいのでまだプリクラの方に残っている。


 だけどそろそろ戻ってくるはず……


「相馬っちー! できたよー!」


 あ、戻ってきた。


「いやーホント2人とも慣れてないから変な写真ばっかりだったよー!」


 そう言って深瀬は僕に数枚プリクラの写真を渡してくれた。……僕にだけ凄い落書きされている。


「非常に面白かったですよ、ぷりくら。特にこの写真の相馬君の顔……遺影みたいです」

「アハハ! ホントだー!! やばーい!」


 ……遺影?


 ──


 時間も遅くなったので、僕らはゲーセンを出た。


「うお、もう真っ暗だ! お母さんに怒られちゃうよ!」

「ん、大丈夫か?」

「うん、こっから家は近いから大丈夫! 2人ともありがとねー! 楽しかったよー!」


 そう言って深瀬はさっさと帰っていった。




 ……さて。久しぶりの華村との2人きりだが。何を話せば良いのだろうか……


「あ、あー華村。今日はどうだった?」

「はい、とても楽しかったですよ。ぬいぐるみも貰えたし、ぷりくらも体験できて写真も貰ったし……」

「そっか、良かったよ」


 どうやら本当に楽しんでくれたようだ。


「……それで深瀬のことはどう思う?」

「深瀬さんですか。彼女はとってもいい人ですよ。友達……になれたでしょうか?」

「いい人かどうかはともかく、友達にはなれただろうよ」


 出会って数日も経ってないとはいえ、あれだけ遊んだらもう友達と言ってもいいんじゃないかな。いい人ではないけどな。


 ……と、いつの間にか駅に着いてしまっていた。


「……駅に着いたな。ここまででいいか?」

「はい」

「それじゃあまた……」

「相馬君」

「ん?」


 急に名前を呼ばれたのでびっくりした。華村は僕の顔を数秒じーっと見た後、こう言ったのだった。


「今日はとっても楽しかったです。本当に……ありがとう!」

「なっ……!」


 ──ほんの僅かな瞬間。華村が微かに口角を上げた。華村が『笑顔』を僕に……僕だけに見せたのだった。


 ああ。これだ。これを見るために僕は頑張っていたのだ。深瀬に嫉妬したり、カッコつけたりする必要なんか無くて……これが見たかっただけだったんだ。


 僕はとっても嬉しくなって、泣きそうにもなったが、ぐっと堪えて同じような笑顔を返してこう言うのだった。


「どういたしまして! 華村!」

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