たんけんかごっこ!

 次の日。


 僕は汗をダラダラと流しながら教室へ入り、華村に近づいて声を掛けた。


「お、おはよう華村……」


 僕の弱々しい声はどうにか届いたようで、華村はブックカバーのかかった本から僕へと目線を変え、挨拶を返してくれる。


「おはようございます、相馬君。……今日はとても疲れた顔をしてますね。どうかしたのでしょうか?」

「今日はチャリで学校来たんだ……ああ、暑ぃい……!」


 僕はいつも電車で通学しているのだが、今日はチャリで来たのだ。その理由はもちろん節約のためである。


 家にほとんど帰ってこない母は、僕らが生活できるようにと毎月お金を振り込んでくれるのだが、その金額はお世辞にも高いとは言えないのだ。


 だから僕と妹は上手くやりくりして、いつもギリギリで生きていたのだが……今月はどうしたよ僕。


 メガネ(3万円)に映画(1500円)にケーキ(1800円)にゲーセン(700円)に交通費(覚えてない)。


 これらは全て1週間以内に起こった出来事である。いくらなんでもお金を使い過ぎだ。


 それに昨日、電車の定期が切れた。ならせめて今月くらいはチャリ通学で少しでもお金を節約しよう……と思ったのだ。


 そんなことは全く知らない華村は感心した様に言う。


「へぇー。運動のためでしょうか? 健康的で良いですね」

「ああ……そうだね……」


 まぁ変に気を使われても嫌なので黙っておくことにするのだが。


「そういえば華村は何通学なんだ? 電車? バス?」

「車です」

「え?」


 ……ん? なんか今サラッと凄いこと言ったような。聞き間違えかな。


「ちょっと華村もう一度……」

「車です」


 空耳ではない。今度はハッキリと聞こえた。


「え、車ぁ!? 華村、運転免許持ってたの!?」

「いえ、そういうことではなくてですね、お手伝いさんが私を学校まで送ってくださるのですよ」


 お、お手伝いさん!? 何それ!? 現実世界で初めて聞いたよそんな名詞!!


 もしかしてお手伝いさんって……美少女ドジっ子巨乳メイドとか……イケメンクールメガネの執事とかが華村の家には居るというのか!?


 僕はそれについてもっと詳しく聞いてみたかったが……


「……」


 華村が薄紫色の感情オーラを出しているため、僕はこれ以上聞くことができなかった。


 どうやら華村はその話をあまりしたくないみたいだ。


 僕は一度開きかけた口を閉じた。それを見ていた華村は一瞬だけ微笑んで言う。


「相馬君は本当に察しが良くて助かります。本当に感情が読めるのですね」

「あ、あはは」


 まぁメガネのおかげなんですけどね……


 ……とザワザワしていた教室内が一斉に静かになった。どうやら担任が来たみたいだ。


「えーっと、それじゃあ華村。放課後また会議を開いて作戦を練ろう」

「はい、分かりました」


 そう言って僕はホームルームが始まる前に自分の席へ戻っていった。


 ───


 んでんで放課後。


「それじゃあ早速、華村団会議を開始するが……深瀬は?」

「ああ、深瀬さんなら部活があるから来れないって言ってました」

「あ、そう」


 あいつが1番リーダーみたいなことしてたのに欠席かよ。いい度胸してんじゃねぇか。


 ……まぁ別に華村と2人っきりになれるからいいんだけどね。あはは。


「それで今日は何をしましょうか」


 落ち着いた声で華村が言う。感情オーラは黄色になっていることから、楽しみにしてくれていることが分かるのだが……


 残念ながら今の相馬君はお金が無い。だからいつものように遊びに行くことはできないのだ。


 ならお金を使わずに華村が楽しめるようなことを考えなきゃな。


「そうだな。今日は……今日はね……」


 何か……楽しめることを……考えろ……


「今日は。学校探検でもしよう……か」





 ……言ってすぐに後悔した。何だよ学校探検って。それピカピカの小学1年生が1学期にやるやつだよ。


 しかし1度言ってしまった以上、自分から「やっぱりナシ」とは言えないので、華村の反応次第だが……


「学校探検ですか。久しぶりにするのも面白いかもしれませんね」


 意外にも華村は乗り気だった。感情オーラの色も変わってないことから、それが本心だということが分かる。というかむしろ感情オーラの輝きが強くなってきている。


 ……ええんか? ホントにそんなんでいいのか華村?


「まぁ華村がいいのなら……行くけどさ。じゃあ適当にブラブラしようか」


 僕がそう言うと、華村は首を振る。


「え?」

「もっと探検家っぽく言ってください」


 何その急な無茶振り。


「なんで?」

「探検するのですから、ちゃんと探検家になりきらないと」

「……なるほど?」


 まぁ華村がそう言うならそれに従おう……僕は昔見ていた探検バラエティー番組に出ていた出演者を真似してみた。



「……今から学校探検を行うが……必ずっ! 生きて帰るぞ!! 分かったか!!」

「おー」


 華村は小さく右手を上げた。


 ……なんだこれ。


 ───


「それで相馬隊長。最初はどこに向かうのですか」

「……隊長?」

「はい。探検するのですから、今日の相馬君は隊長です」

「そ、そうか。なら任せとけ」


 いつにも増して華村はノリノリである。ならば僕もとことん乗ってやるしかないようだ。





 僕は『恥』を捨て去り────超高校級の探検家、相馬へとなりきるのだった。


「フッ……なら最初は『静寂の館』へと向かおう」

「静寂の館……!」


 華村が繰り返して言う。何故か体がゾグッとしたが……その理由は深く考えてはいけない。いけないのだ。


 僕が先頭に立ち、階段を上る。


「華村隊員、足元に注意しろ。罠が仕掛けられているかもしれない」

「どんなのがあるというのですか」


 僕は床に落ちてあるホコリを指差す。


「……これが『アラーム』だ。踏むと警報装置が鳴り出して、敵が集まってくる。絶対に踏まないように注意するんだ」

「はい。了解です、隊長」


 僕が咄嗟に考えた謎ルールも、華村はスっと受け入れてくれた。これには僕も思わずニヤッとしてしまう。


 そして僕らは謎のテンションで、アラーム(ただのホコリ)を避けて階段を上りきった。


 途中、すれ違う生徒達に変な目で見られたがそんなことはどうだっていいのだ。


 今日の僕らは探検家……いや、トレジャーハンターなのだから……!


「……よし、着いたな。ここが静寂の館だ」


 僕は大きな扉の前で立ち止まる。その扉の上には『図書室』と書かれたプレートが付いていたが、誰がなんと言おうとここは静寂の館なのだ。


「ここには何があるのですか」

「話によると古代の莫大な書物が眠っているらしい。上手くいけば拝借できるかもな」


 そう言って僕はその大きな扉を両手で押した──






「……あれ?」

「どうしましたか相馬隊長」

「……あっ、引き戸だわ」

「……普通間違えます?」

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