エスケープ!! つー!!
「なっ……お、おい矢上!!」
「……」
呼びかけても僕の声には反応せず、矢上はボールを片方の手で持った。そしてその逆の手で「あっち行け」と手を払う。
それは、僕らに早く逃げろとでも言いたげなジェスチャーだった。
ははっ……あいつカッコつけやがって!
僕はもう一度華村の手を取った。
「行こう! 華村!」
「はい相馬くん!」
僕らは走ってグラウンドを出た。
「くっ、しまった! お嬢!!」
後ろから黒川の声が聞こえた。当然、黒川はすぐに僕らを追いかけてくるだろう。
──だから早く。早く遠くに逃げなくては。
僕は華村の手を更にギュッと握り、走るスピードを上げた。
……どこに。どこに向かう?
校内……は駄目だ。待ち伏せされたらおしまいだし。
なら外だ。学校から出よう。
でも、このまま走っていても体力が持つはずがない。徒歩の距離なんてたかが知れてる。それに相手は車だってある。
くそっ。どうする……どうする? と悩んでいると。
僕のポケットからチャリンと、鈴の鳴る音がした。
──あ、コレだ!!!
僕らは校舎を通り過ぎて、校門の方へと向かう。そして途中で右に曲がって……駐輪場へと向かった。
そう。鈴の音は……自転車の鍵に付けていたストラップの音だったのだ。
駐輪場に辿り着いた僕は、自分の白いママチャリを見つけて、すかさず鍵を挿入した。
そしてカチャリと軽快な音で開いた自転車のサドルにまたがって、僕は叫んだ。
「華村! 乗れっ!」
「えっ……あっ、はい!」
華村は一瞬戸惑いを見せたが、すぐに自転車の荷台へと飛び乗った。
ん、交通法? 知らんなそんなものは。
「しっかりと捕まれよ華村……!」
僕がそう言うと、華村は僕のお腹をギュッと抱きしめるのだった。
「……っ!」
ああ! なんかめっちゃいい匂いする!!やっぱ女の子ってすげぇわ!!
そ、そしてフワフワで柔らかい感触がぼ、僕の背中に……!!
「どこですかお嬢!!」
近くで黒川の声がする。
チッ……今いいところなのによぉ!! 空気読めよ黒川ァ!動画見てる時に来る通知かお前は!!
「そ、相馬君! 早く!」
真後ろで焦った華村の声がする。
「……ああ」
もう少しこのままの状態でいたかったのだが。
……仕方ない、とっとと逃げようか。
「行くぞ!!」
僕はペダルに全体重を乗せて漕ぎ、そのまま校門を出た。
──
必死にペダルを漕いだ。アテもなくただひたすら真っ直ぐに突き進んだ。奴から……黒川から逃げるために。
それで、逃げ切ることには多分成功した。それらしい車も姿もここからは見えない。とりあえずは一安心だ。
だけど同じ学校の生徒にたくさん見られてしまったのは……まぁ仕方の無いことか。
……と、そんなことを思いながら、引っかかってしまった赤信号で止まっていると。
「おー! 相馬っちと華村ちゃんじゃん!」
と、聞き覚えのある声が隣から聞こえてきた。そっちの方へと首を向けると。
「二人乗りとか超エモいね……!! 写真撮っていい?」
自転車に乗った、目を輝かせている深瀬の姿があった。
「深瀬! お前どうしてここに……」
「ん? 部活が終わったから帰ってたんだよ。そしたら相馬っちが隣にいたからさー」
深瀬はそう言いながら、スマホでパシャっと僕らの写真を撮った。
「……おい。その写真を新聞とかに載せたら命は無いと思えよ」
「なはは、そんなことはしないよー」
信号が青へと変わる。
また僕はペダルに足を置いて、自転車漕ぎ出した……のだが。深瀬は隣にピッタリ並んでついて来るのだった。
漕ぎながら僕は叫ぶ。
「おい深瀬! 並列走行は違反だぞ!」
「二人乗りしてる人がよくそれ言いますねぇ!?」
うーんごもっとも。だが、深瀬に言われるとなんか腹立つので言い返す。
「うるせぇ! こっちは逃げてるから仕方ないんだよ!」
「逃げる……? もしかして愛の逃避行ってやつですか!?」
「違う! ……いや、違くはないのか?」
……僕がそう言うと、華村が抱きしめてくる力を強めた。
えっ、何だ……? 変なこと喋ったら貴様の命はないみたいな意味なのか……? 怖っ。
「……と、とにかく! 僕らは大人から逃げてるからあっち行けよ!」
「大人から逃げる……? 何ですかソレ、尾崎の歌詞か何かですか?」
「あーもー!! うるせぇなぁ!!!」
結局深瀬とのカーチェイス? は30分程続いたのだった……
───
で。30分後……僕の家に着いた。
……いや別に。華村を僕の家に連れこもうとか思ってたわけじゃないんだよ?
ただ知ってる道……知ってる道……を探してどんどん進んで言ってたらいつの間にか家に辿り着いちゃっただけなんだよ?
ほら鳥とか帰巣本能で家に帰ってくるとか言うじゃん。そういうことだよ。
それに……このまま外にいても黒川に見つかる可能性があるし。なら僕の家に隠れる方が賢いとは思わないか?
……と、脳内でなんか色々と考えている僕だが、まだ何も喋っていなかった。
薄々ここが僕の家だと気がついている華村も、特に何も言わなかった。
……そんな僕らの静寂をぶっ壊すかの様に深瀬が話し出す。
「ん、ここって相馬っちの家?」
「そうだけど」
「ん……ああーそういうことね!」
深瀬は何かを思いついたのか、手をポンと叩いて言う。
「相馬っちは華村ちゃんを家に連れ込もうとした。だけど私に見つかってしまったから、適当な言い訳をして振り払おうとした。そうですよね?」
深瀬は赤色のメガネをクイッと上げて、ドヤ顔をする。
「違ぇわ馬鹿。殴るぞ」
「ほら! 当たってるから暴力で誤魔化そうとしてるよこの人!」
ほんまコイツ……ん、いや待てよ……? そうだいいことを考えた。
自転車から降りて僕は言う。
「じゃあ深瀬、僕の家に来いよ」
「は、はぁ!? 華村ちゃんから私に狙いを変えようって言うんですか!? 乗り換えるんですか!? 相馬っちそんなクズだったんですか!?」
「違う……舌引っこ抜くぞ貴様」
なんかギャーギャー騒いでいる深瀬を無視して、僕は華村に言う。
「まぁ……なんか成り行きで僕の家に来ちゃったんだけども。華村が良ければ……上がっていかないか?」
「相馬君の家に……ですか?」
「ああ。ほら僕んち妹もいるし……深瀬も一応いるしさ」
そう言って僕は深瀬を見る。
「私ですか? こんな女の子を弄ぶような人の家には……」
「お前の大好きなスクープが撮れるかもだぞ」
「し、仕方ないですね! 今回は素直に行きますよ!」
……こいつスクープって言葉使えば、なんでも言うこと聞いてくれそうな気がしてきたわ。
まぁそれは置いといて。
「だから安心するだろ? それに……これからどうするかをみんなで考えようよ」
そう、黒川からずっと逃げるということは、ずっと家に帰らないということだ。それを続けるのは流石に無理がある。
だから……黒川をどうにか説得して、華村をお嬢様ではなく、普通の女の子として扱って貰う方法を考えないといけないのだ。
そんな僕の思いが通じたのか、華村はうんと頷いて言った。
「分かりました。それじゃあ相馬君のお家にお邪魔をすることにしますね」
「良かった。せっかくだし晩飯も家で食おうよ」
「はい、ぜひ頂きたいです」
話してると深瀬が会話に入ってきた。
「相馬っち! 私も食べる食べる!」
「お前もかよ……冷蔵庫に材料足りるかな。大丈夫かな」
「え、相馬っちが作るの!?」
「ん、ああ。両親は基本家にいないし」
「えぇー!! そうなの!? ラノベ主人公じゃん!」
「いや親が普通にいる主人公もいるだろ……」
そんな会話をしつつ、家の扉の鍵を開けるのだった。
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