秘策のアイテム

 時は少し遡って、華村団会議が終わったところ。深瀬は帰って教室には僕1人。


 僕は教室の端っこの方にもたれ掛かりつつ、ポッケから1枚の紙を取り出した。


『黒川智の名刺』である。僕は端に小さく書いてある黒川の電話番号をスマートフォンに打ち込んだ。もちろん、黒川から情報を得るためにだ。


 だがこのまま普通に電話をしても、黒川が情報を教えてくれる可能性は限りなく低いだろう。……この秘策アイテムが無ければな。


 僕は番号が間違えていないことを確認して、呼び出しのボタンを押した。


 何回かのコール音の後、低い渋めのボイスで「はい、黒川です」と声が聞こえてきた。僕も応答する。


「もしもし黒川さんですか? 僕です」


 少しの沈黙の後黒川は言う。


「……その声は。あの時お嬢の傍にいた、変なメガネの奴か?」


 何だ変なメガネの奴って。人の名前くらい覚えていてくれよ。合ってるけどさ。


「……はい、そうです。相馬です」


 僕がそう言うと、黒川は大きなため息をついた。


「……はぁ。どうせ貴様はお嬢のことを聞くために電話をしてきたのだろう。だが私は何も話すつもりもない。もうお嬢の転校はもう確定……」


 黒川がペラペラとまくし立ててくるので、僕は無理やり割り込む。


「おい待て待て待って。このまま切られちゃかなわないから、僕も言いたいこと言わせてくださいよ」

「何だ」

「黒川さん。華村のプリクラ欲しいですか?」

「……は?」


 そう。秘策のアイテムとは華村のプリクラである。……まぁ僕と深瀬も写ってるけど、それは切り取るなりなんなりすればいいよね。


「で、欲しいですか? 今なら全身が写ったやつもあげますよ!」

「なん……だと? 貴様それは一体……」


 もちろん電話口からは黒川のオーラを見ることなどはできないが、明らかに動揺しているのは確かだった。


 ここで更に僕は畳み掛ける。


「欲しいですよね!! 欲しいなら30分後桜片公園に来てくださいね! 今日までですからね!」

「おいちょっと待て……」

「プリクラを受け取るのを楽しみにしておいてください! いいですねっ!!」


 なんか〇ョジョに出てくるキャラみたいな口調になってしまった。まぁいいや。


 そして僕は黒川に喋る隙を与えないよう、すぐに電話を切った。


 ふぅ……それじゃあ僕も桜片公園に向かおう。黒川はきっと来るはずだから。


 ──


 桜片公園。僕は噴水前のベンチに腰掛け、黒川を待っていた。すると案の定、黒川はすぐにやって来た。……ダッシュで。


「黒川さん。お待ちしてましたよ」

「……そんなのはいいから、早く渡せ」

「まぁまぁ少しお話しましょうよ。座ってください」


 僕はベンチの隣をポンポンと叩いた。しかし黒川は首を横に振る。


「私は仕事を抜け出して来ているんだ。そんな暇はない」

「えぇ……」


 大丈夫かコイツ。仕事中に呼び出した僕も悪いかもしれないけれどさ。


「まぁいくつかの質問に答えてくれたら、すぐに渡しますから。いいから座ってください」

「チッ……仕方ないな」


 不満そうに黒川はベンチに座り込んだ。


「それで……先日は僕の友達が黒川さんにサッカーボール当ててすみませんでした。僕からアイツにビシッと言っときますから!」

「……別にもう怒ってなどいない」

「なら良かったです」


 一応オーラを見てみるけど、正常な色だった。どうやら本当らしい。良かったな矢上。殺されないで済むぞ。


 そんじゃ早速本題に入ろう。


「それで華村のことなんですけど。黒川さんは華村の親の行動についてどう思いますか?」

「ん……? それはどういう意味だ」

「そのまんまの意味ですよ。華村の親は華村の友達を引き剥がそうとしています。僕だけじゃなく、同性の友達までもですよ?」

「……」

「僕の予想なんですけど、黒川さんは華村の友人関係をそこまで厳しくしなくてもいいと思ってるんじゃないですか?」


 さっきの華村団会議の時、黒川は僕を良く思っていなかったとか、黒いオーラを出したとか言っていたが、アレはよくよく考えたら黒川に反発した後に起こった反応だった。


 だから何も最初から僕を悪い風に思っていた訳ではなかったのだ。少なくとも黒川は。それに……


「本当に華村の友達を遠ざけたいのなら、友達用の名刺なんか作る必要がないですからね」

「……っ!」


 黒川のオーラが揺れ動いた。ビンゴだ。


 ……しかし何も黒川が話し出す素振りを見せないので、僕は質問を変えてみることにした。


「それじゃあ質問を変えます。黒川さんは華村のこと好きですか?」

「……当然だ。小さい頃からお嬢の世話をしてきたのだからな」


 おお。これは素直に言ってくれるんだな。……まぁ好きじゃなきゃプリクラに釣られてここまで来ないもんな。


「へぇ。ちなみにいつから?」

「もう十年も華村家で雇われている。だからお嬢が5歳か6歳くらいの時だな」

「そうなんですね……うわぁー!! その頃の華村の写真めっちゃ見てぇー!!」


 おっと。つい本音が……


「ふん……屋敷には沢山のアルバムがあるからな。私はいつでも見られる……貴様には絶対見せないがな!」

「えー! そんなんずるいー! じゃあプリクラも見せてやんねー!!」

「なっ……貴様!」


 ……ふと思った。もし華村がこの会話を聞いてたらどんな顔するだろうか。と。多分汚物でも見るような目で見てくるんじゃないかな。なんか容易に想像できるな。


 僕は咳払いをして、世界を元に戻す。


「んんっ! ……話を戻します。それなら知ってますよね。……華村の感情がいつからか失われたこと」

「なっ!」


 黒川は非常に驚いた顔をした。まるで『なぜ知っているんだ』とても言いたげな顔をして。


「華村がそうなった原因、黒川さんは何か心当たりありますか?」


 すると黒川は長い沈黙の後、こう答えた。


「分からない。いつからかお嬢は笑わなくなってしまったんだ。……私だってもう一度お嬢の笑った姿が見たいさ」

「そうですか。それ僕が叶えてあげますよ」

「何?」

「華村を笑わせること。僕ならできます」

「……」

「そのためには黒川さんの力も必要なんです。僕らに協力してくれませんか?」


 僕はプリクラを渡しながら、黒川にお願いをした。


「……私だってお嬢が笑ってくれるのなら、貴様の手伝いだってしてやりたい。……だが所詮私は雇われの身。下手な行動はできない。あの日お嬢を連れ戻しに来たのも、お母様の指示だったからな……」


 そう言いつつ黒川はプリクラを受け取る。


「とりあえずコレは有難く頂いておくぞ。……まぁこのことは内密にしておいてやるから安心しろ」

「黒川さん……」


 黒川は数歩歩いたところで立ち止まり、僕の方を振り返らずにこう言った。


「あと……これはただの独り言なんだが。私は屋敷の戸締り係なのだ。私は優秀だから閉め忘れるなんてミスは基本起こすはずがないのだが、最近は物忘れが酷いからな……」

「黒川さん……!」

「……はぁ。何を言っているんだろうな私は」

「黒川さん! ありがとうございます!!」


 僕は黒川の背中に向かって頭を下げた。すると黒川は聞こえるか聞こえないかの声量で、こう呟いたのだった。


「……頑張れよ。ピンクメガネ」

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