恋の色
深瀬と『矢上』について話し込むこと数時間、いつの間にか空は暗闇へと変わっていた。そして冷たい風が僕らを襲う。
「うっ……寒いな」
「もう夜だねー。そろそろみんな集合できるんじゃないかな?」
「そうだな、確認してみようか」
言われてスマホを手に取ると、何通か矢上からメッセージが届いていた。
『どこにいるんだ相馬。こっちは既にみんな集まっているぞ』
ご丁寧に、その下には4人が揃っている写真も送信されていた。
その写真を深瀬に見せて、僕は言う。
「深瀬、もうみんな集合しているみたいだぞ。早く戻ろう」
「え、本当! じゃあ急いで戻らないと!」
僕らはベンチから立ち上がって、集合場所へと駆け出した。
僕と並走しながら深瀬は言う。
「相馬っち、色々と教えてくれてありがとね」
「はぁ……はぁ……ど、どういたし……まして……!」
「体力なさすぎだよ」
──
集合場所には当然のごとく、4人は揃っていた。
「おい相馬、遅いぞ。何してたんだ?」
「いやまぁ……作戦会議をだな」
「はぁ?」
まぁ、そんな矢上は放っておいてだな。僕は他の3人方に目を向けてみた。
「ふぁーぁ、眠いっす」
「うーさみぃ」
「……」
みんなは疲れた顔をしていた。特に桃香。そりゃこれまでずっとジェットコースター乗っていたのなら、当然だよな。
というかもう完全にみんな帰るムードになってしまっているけれど……僕はそういう訳にはいかないんだよな。
ここでみんなに聞こえるように、僕は桃香を観覧車へと誘うのだった。
「あのさ桃香、疲れているところ悪いんだけど……僕と観覧車に乗らないか?」
「えっ、私ですか?」
そう言って桃香は辺りをキョロキョロし始めた。
ここで言う桃香の「私ですか?」とは、『どうして私なんですか?』ではなく『私1人だけですか?』というニュアンスで捉えるのが正しいのだろうな。
……と、それを瞬時に読み取った片桐が
「行ってくればいいじゃないっすか。ボクらは疲れたのでこの辺りで休んどきますよ」
と言ってくれた。
「えー俺は別に疲れてないけど……」
「……そう言えばあっちにクレープ屋があったぞ。奢ってやるし、行ってみないか?」
「本当か!? なら行くぞ!」
どうやら矢上も気づいてくれたようで、修也を引き連れてってくれたみたいだ。
そして深瀬はニヤけながらカメラをこっちに向ける。
「それじゃあ2人とも行ってらー」
「深瀬さんは来ないのですか?」
「いいって、私高いところ苦手だからさー」
「そうなのですか」
どうやら全員上手いこと断ってくれたみたいだ。ありがとよみんな……後でアマギフ贈ってやるからな……
「それじゃあ相馬君、行きましょうか」
「うん、行こう」
それで僕と桃香はピカピカ光っている観覧車へと向かうのだった。
──
観覧車乗り場。手を繋いでいる男女……明らかにカップルと思われる人達の後ろに僕らは並んだ。そしていつの間にか後ろにもカップルと思わしき人物が並んできた。
……これってオセロだったら僕らもカップルになるんじゃねぇの!?
とか脳内でバカなことを考えたりしているが、当然口に出したりはしなかった。
というかなんか混乱だか緊張だかしていて、まともに頭を働かせられていなかったのだ。
……桃香と2人っきり。こんなに待ち望んだ瞬間だと言うのに、僕は話しかけることすら出来なかった。
でも……とりあえず今は落ち着くことが最優先なのだから仕方ない。
桃香も何か言いたそうにしていたのだが、どれだけ待っても僕に話すことはなかった。
まぁきっとお互い考えていることは同じだろう。
『『観覧車の中で話そう』』
とね。
──
観覧車の列はスムーズに進み、すぐ僕らの番が回ってきた。
僕らは観覧車に乗り込んで、僕は左、桃香は右の座席に向かい合って座った。
そして扉は閉められ、観覧車はゆっくりゆっくりと……上昇していった。
「……」
「……」
僕は平常心を保ちつつ顔を上げて、桃香を見る……すると桃香は優しく微笑んでくれた。
「フフっ……2人っきりですね」
「……そっ、そうだな」
心臓がドキリとする。きっと深い意味なんてないんだろうけど……意味深に聞こえて仕方ない。
「ええっと……ジェットコースターどうだった?」
僕は当たり障りのないことを聞いた。本当はこんなの聞かなくたっていいんだけど、とにかく落ち着かせるため、場を持たせるために尋ねたのだった。
「んーそうですね、あの『ビックウェーブ』ってやつは角度が急でとっても怖かったですよ。ここから見えますかね? アレです」
そう言って桃香はガラス張りの窓をコンコンと叩いて、光っているジェットコースターに指を指した。
「ああ、もしかしてあれかな?」
「はい。夜だと光るみたいです。素敵ですね」
「うん……そうだね」
でも僕の心は落ち着くどころか、更にバクバクしてき出したのだ。
おい。相馬!! しっかりしろ!!
「そうだ、相馬君はどんな所に行ったんですか?」
次は桃香が僕に聞いてきた。大丈夫、ここは冷静に返してみせる……
「えっと、僕は……片桐とゴーカートに乗って、深瀬とベンチで喋ってた」
「フフっ、全然アトラクション乗ってないじゃないですか」
「そういう楽しみ方もあるんだよ。ほら、ファミレスで勉強する……みたいな?」
「……は、はぁ」
「……」
会話下手か? 僕?
……観覧車に乗って数分が経過した。まだ……まだ早いよな。やっぱり告白は最頂点でやるべきだよな。
ならまだ普通の会話を続けた方がいいよな。
僕はこのタイミングを利用して、桃香に聞きたかったことを聞いてみることにした。
「そう言えば桃香……学校で何の本を読んでいたの?」
「えっ、それ今聞きますか?」
「うん」
桃香は少し戸惑ったような表情をしたが「まぁ、相馬君ならいいかな」と言って教えてくれた。
「あれはただの恋愛小説ですよ。冴えない男の子が高嶺の花である女の子を必死に落とそうとするって言うお話です」
「へぇー。そういうのだったんだ」
まぁ意外っちゃ意外だが、前に図書室で桃香がラノベ借りていたのを見ていたから、そこまで驚きはなかった。
これでその話は終わりかと思ったが、桃香は本の話を続ける。
「それでですね、その本は男の子と女の子の甘い恋愛模様がつらつらと書かれていてですね。私、こんな恋愛してみたいなって、小説読みながらずーっと思っていたんですよ」
「そうなんだ……って、ん?」
ということはあの時のピンクオーラって……その物語の恋愛に恋してたってことなのか……?
はぁーそういうことだったのか。あー良かったぁ……桃香が特定の誰かに恋とかしていなくて。
それが分かっただけでもう大分安心したぜ……
「まぁそれでこの学校を通うことにした、みたいなところありますからね」
「えっ? どういうこと?」
予想外の言葉に僕は思わず聞き返した。
「実は私、本当は女子高を受けるつもりだったんですよ。でも恋愛小説を沢山読んで、やっぱり共学に行きたいってなったんです」
「ほう」
「でも親はそんなの許してくれなくて……でも粘りに粘ってようやく納得してくれたんです。でもその代わりに友人関係を厳しくされて……ってもうこんな話はいいですよね」
桃香は悪戯っぽく笑って言ってみせた。
なるほど。そんなことが……あったんだな。
「でも私、本当に相馬君と同じ学校に通えて良かったですよ!」
「僕もだよ、桃香!」
「相馬君は色々な遊びを教えてくれて、友達も増やしてくれて。私に知らない世界を沢山見せてくれて……私を助けてくれて。私、本当に感謝しているんですよ……!!」
そう言って桃香は立ち上がり、僕の膝へともたれかかってきた。
「桃香!? ちょ、危ないよ……?」
「いいんです。相馬君の近くにいたいんですから。少しも離れたくなんか……ないんですから」
思いもよらない桃香の行動に少し動揺してしまったが、すぐに正気に戻った。
僕は、くっ付いて離れない桃香の頭をよしよしと撫でてやった。
……何だか今なら何でも言えそうな気がする。
「なぁ……桃香」
「はいっ。何でしょう?」
「桃香のこと……信じられない程好きだ」
「んフフっ。私の方が相馬君のこと、ぜーったいに好きですよ?」
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