氷の女王
僕は思わず声を漏らす。
「なんだこれは……」
「え、どうしたのお兄ちゃん?」
「いやお前の周りから黄色い靄が……」
その靄は朱音を包み込むように浮かんでいた。
僕はそれに触ってみようとしてみる……が、すり抜けて触ることはできなかった。
「え、なにしてるの?」
「いや……なんでもない」
どうやら僕にしか見えていないらしい。そして数十秒ほど経った後……朱音の周りにあった靄は消えてしまった。
一体何だったんだ? まさかこのメガネの仕業か? ……いや、きっと何かの見間違いだろう。
そう僕が心の中でそう言い聞かせていると、朱音が話しかけてきた。
「あ、そうだお兄ちゃん聞いて聞いてー! 今日突風のライブの抽選だったんだけどさ、なんと!なんと! 当たってたんだよー!!」
突風とは……5人組男性アイドルグループのことである。それで朱音はファンなので突風のファンクラブに入っている。
そして突風はとても人気なため、ライブチケットが当たる確率はとても低い。だから当たるのはとても運の良いことなのだ。
「お、そうなのか。良かったな」
「うん本当に良かったよー! 2枚取ったからお兄ちゃんも来る?」
「いや僕はいいよ。友達と行きな」
「そうするー!」
朱音はキャッキャとはしゃいでいる。……すると。
また同じように、黄色い靄が朱音を包むように浮かんできた。
……いや違う。さっき全く同じではない。
さっきよりも黄色の靄の色が濃くなっているのだ。……どういうことだ?
僕はメガネを外して朱音を見てみると、靄は消えていた。
もう1度メガネをかけて、見てみるとハッキリ朱音の周りに靄があることが確認できた。
やっぱりこのメガネの仕業だったか……どうやら魔道具であることは本当だったらしい。疑ってごめん、ばーさんよ。
だが、これはどういう仕組みなんだ……?
色と何かが関連しているのか? ……感情か?
いやまだよく分からないし……少し実験してみようか。
「なぁ朱音。今から心理テストしないか?」
「心理テスト? やるー!」
僕は即興で朱音が喜びそうな心理テストを作り上げた。
「えー……あなたが歩いていると突風のメンバーの一ノ宮君を見つけました。なんて声をかけますか?」
「えっ! 一ノ宮君!? え、えーっと……」
朱音は目を閉じた。そしてしばらく考えた後……すぅーっと息を吸って叫んだ。
「…………私も〇ズドラが好きっ!!!!」
「うっさ」
「で答えは?」
「えーっとな。それはあなたが好きな人に告白する時の言葉です」
「えー嘘だー! 」
もちろん適当に作ったので嘘だ。
そんなことより靄の状態だが……
見るとさっきよりも濃い黄色に変化していて、大きくなっていた。……なるほどな。
やっぱりこのメガネはすぐ近くにいる人の感情を、色で読み取ることが出来るメガネだ。
恐らくそうだろう。一般的に喜びの色は黄色って誰か言ってたし……老婆の言っていた「ありのままの姿」ってのはこのことだったのか。なるほど。
でも念の為、他の色も確認しておくか。
僕は朱音に別の感情を浮かばせてやろうと考えた。何かないかな……あ、そうだ。
そう言えば昨日空腹に耐えれなくて、朱音のプリンを食べたのを思い出した。謝っておこう。
「なぁ朱音。お前が取っておいてたプリン、僕が食べちゃったぞ」
僕がそう言うと朱音はカッと目を見開いて、叫び出した。
「はぁー!? ありえないんだけど!!!」
「いやぁーわりぃーわりぃ」
僕はわざとヘラヘラしながら謝ってみる。
すると朱音の周りから浮かび上がってくる靄だが……色が黄色から、どんどん赤色へと変化していった。
なるほど……これが怒りの感情の色か。
僕がうんうんと脳内で頷いていると
「楽しみにしてたのに……お兄ちゃんなんか嫌いだーっ!!」
「ぐほっあ!!!」
急に朱音が本気の力で僕に腹パンしてきた。僕はたまらずバタンと倒れ込む。
「ぐっ……はぁ……朱音ぇ……」
「うえーん!! お兄ちゃんなんか知らないんだからー!!」
そして朱音は外へと飛び出して行った。
「グッ……お、お前……今日……飯当番だ……ろ……」
───
次の日の昼休み。
僕は早速昨日あったことを矢上に話した。
「何? 服が透けるメガネと思って買ったメガネが、実は感情の色が見えるメガネだったって!?」
「ちょ声でかい声でかい」
矢上は両手を上げてどっひゃーとオーバーなリアクションを取る。きっと僕のことを馬鹿にしているのだろうが……
「……いやいやそんなの騙されないって。偽物だろ?」
「ところがどっこい、本物なんだな。今日も電車の中でかけたらもうみんな黒いオーラ出しまくりでさー」
そんなことを言いつつ、僕はピンクメガネを外して、矢上に渡す。
「見てみろよ。面白い物が見えるぜ?」
矢上はしぶしぶ僕からメガネ受け取り、装着した。
「どうだ? 凄いだろ」
「見えないぞ」
「え?」
「だから見えないぞ。おちょくってるのか?」
え……? うそーん。まさか僕しか扱えないのか?
僕はメガネを返してもらい、装着して矢上をじっくりと見つめた。
すると矢上の周りから、昨日の朱音と同じような感情オーラが浮かび上がってきた。
感情オーラと言うのはさっき僕が名付けた。だっていちいち靄って言うのダサいじゃん。
まぁそんなことはどうでもよくて……矢上の周りに浮かび上がってきたのは濃い緑色の感情オーラだった。
緑って疑問とか不思議とかそんな感じの感情だよな。やはり疑っているのか。
「まぁ信じてくれないならいいけど……」
「そんなの信じる方がおかしいぜ……なら今から俺何かを考えるから当ててみろよ」
矢上そう僕に提案してくる。もちろん僕は負ける要素がないので、その勝負に乗った。
「分かった。やってやるぜ」
「よし……いくぜ?」
僕は矢上を見つめる……するとだんだんと感情オーラの色が変わっていって……
「……お前。どうせエロいこと考えてんだろ」
「おい本物じゃねえかそれっ!!!」
矢上の感情オーラはピンク色に染まっていた。
男でピンク色のオーラなんてもうアレのことしか考えてないわけですよ。アレ。
「くっそ、恥ずかしいな……ああ……土に埋めてくれ……」
「ちょーピンク色だったぞお前……」
矢上は机に顔を伏せた。多分顔が真っ赤になってるんだろうが……
そんな矢上が顔を伏せたまま話しかけてくる。
「でもすげえなそのメガネ……氷の女王の感情も見えるんじゃねえか?」
「氷の女王?誰だそれ」
聞きなれない単語があったので聞き返した。
「え、知らないのか? ウチのクラスの
「ふーん。随分と安直なネーミングだな」
「いや名付けたの俺じゃないし……」
氷の女王? ……別に興味ないね。……なんなら僕だって学校で笑ったことなんてないぞ。氷の王子様って呼べやおい。
「なぁ、せっかくだし氷の女王の色を見てきてくれよ」
「やだよ」
「いいじゃねぇか、ジュース奢るからさ」
「……しょうがねぇなぁ(悟空ボイス)」
僕はジュース1つで動いてしまう安い男なのだ。
「んで、席はどこなんだよ」
「窓際の1番後ろで本読んでいるのが、氷の女王だ」
「了解」
僕は席を立ち、感情オーラの見える位置までその女王の元へと自然に近づいた。
女王は無表情で本を読んでいた。矢上が言っていた通り、確かに顔はかわいい。特に横顔からでも分かる大きな瞳が特徴的だ。そして顔がちっちぇー。この子は美人系というよりはかわいい系だな。確かに美少女と言っても問題ない──
……おっと。目的を忘れる所だった。感情オーラを見なくては。
僕はピンクメガネをかけ、女王へ更に近づいた。さて色は……っと。
「…………えっ?」
僕は思わず女王の方を2度見した。なぜなら……
さっき見た矢上の感情オーラと同じ、真っピンク色に染まっていたからだ。
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