もしかして僕……騙された!?

 そう言って老婆は置いているピンク色のメガネを取り上げた。


「そ、それってどういう意味ですか?」

「みなまで言わずとも分かるじゃろう。……そういうことじゃよ」


 老婆は僕にしか聞こえないくらいの声量で、そう囁く。


「……そういう……こと……?」


 僕の中で思考が描き巡らされる。


 そういうこと……ありのままの姿……そして老婆の囁き……ハッ、まさかっ!!


 もしかして、あのメガネには服が透ける効果が付いているというのか!?





 ……いやA〇か!!企画モノA〇の導入かっ!!


 ……はぁ。少し冷静になれ。さすがに非現実的すぎるぞ。そんなことを信じるなんて疲れすぎだぞ僕。


 僕は大きく深呼吸をする。


 すぅーっ。はぁーっ。


 少し落ち着いた。……が、まだ僕は老婆の言ったことを少しだけ信じている部分があった。なぜかは分からないが。


 ……うーん、一応。一応ね? 値段を聞くだけ聞いてみようかな。聞くだけだよ?


「そのメガネ……幾らなんですか?」


 すると老婆は不気味な笑みを浮かべる。


「ふふ……本来は30万だけれども……どうやらお主はお金が無さそうじゃな。……今回は特別に3万円で売ってやろう」

「さ、3万円!?」


 老婆の出した破格の値下げに僕は驚いてしまった。


  30万が3万なんてお得すぎるっ! しかも手持ちで買えるし、これは早く買わなくては……!




 ……ん? いや、待て? だから落ち着けぇー僕?


 最初に高い値段を提示して後から値段を下げて安く見せるなんて、まんま詐欺師がやることじゃないか!


 そして人を簡単に信じちゃいけないって〇ザップでも言われてただろ!


 ……騙されない、僕は騙されないぞ!


「い、いやっ! 結構だ! いらない!」


 僕は両手を前に出して、キッパリと断った。薬物防止ビデオの主人公でもこんなハッキリ断らないよ。


 そして老婆は不機嫌そうな顔をすると思ったが……


「ふむ……残念じゃな。お主なら使いこなせると思ったのじゃが……」


 めっちゃ悲しそうな顔をしだした。


 ……騙されるな僕。そう……これは演技なんだ。きっと演じているのだ。


「はぁー。本当に残念じゃ。コレはもう処分するしかないかのぉ」


 演技……な、はずだ。……多分。


「なぁお主。最終確認じゃが……本当に要らんのか?」

「……」


 老婆は物悲しそうな目で訴えてくる。……何だか本当に悲しんでない?


  目が潤んでるし……え、ガチで本物なの? ……本当に信じていいの……?


「おばちゃん、それは魔道具なのか?」

「いかにもそうじゃ」

「なら……それは本当に『見えるのか』?」

「うむ。『見える』とも」


 もし……もしも……本物なら……


「本当に?」

「本当だとも」

「本当に本当?」

「うむ」


 本物なら……! ほ、僕はっ……!!







 ──自分の部屋──


 ……買ってしまった。お値段3万円のピンク色のメガネ。


 ……いいのか? 本当に良かったのか僕? スニャッチはどうした? あんなに欲しがってたじゃんか。


 スニャッチよりこんな汚ねえメガネを取ってしまったのか? ばかなの?


 こんな真っピンクのメガネ……どっかの天の声の人でもかけねぇよ。ぜってぇスニャッチの方が良かったって。


 はぁ……もうスニャッチのことを考えるのはやめよう。悲しくなるから。

 

 僕はメガネを手に取る。


「いや……これが本物なら……」


 そう。もしこれが本物ならば、悲しまなくて済むのだ。本物ならスニャッチよりも何倍も価値があるのだから……


 ……実はまだ、僕はこのメガネを装着していなかったのだ。


 なぜならば、もしこれがガチで本物だった場合……ね? 外で下半身的な所がやばくなりそうじゃないか。だからかけるにかけれなかったのだ。


 だがここは自分の部屋。プライバシーはバッチリなのだ。


 準備は整った。このメガネ……本物かどうか確かめてやる!


「よ、よし。やるぞ……!」


 僕は……おそるおそるメガネを──かけた。


 ……よしっ! 窓だっ!!


 僕は自分の部屋にある窓を全開し、外を歩く通行人を眺めだした。






 ……だが。


「……はは。……そりゃそうだよな」


 レンズ越しに見える光景は、今までと全く変わらなかった。そして無論、通行人の服が透けていることなども無かった。


「ははっ……そうだよな。そりゃそうだよな……ははは。あははは」


 僕は壊れたように笑いながら壁に項垂れる。そしてなぜか泣きそうになってきた。……ああ……情けねぇ……




 そして僕はメガネを外すことも忘れたまま、トイレへと向かおうとした。


 別に用を足したかった訳ではなかったのだが……多分狭い個室で1人になりたかったのだろう。


 僕は2階にある自分の部屋を出て、階段を降りた。そして廊下の途中にあるトイレに入ろうとしたが、リビングの方から光が漏れていることに気がついた。


 ……なんだアイツ帰って来てたのか。


 僕は方向転換してトイレではなく、リビングへと繋がっている扉に手をかけた。


「帰ってたのか朱音あかね

「んー? お兄ちゃんが帰ってきた時から居じゃん」


 ダボダボのTシャツを着て、リビングのソファーで横になりながら、チューパットをかじっているのが僕の妹の 相馬朱音そうまあかねだ。


 水泳部所属の中学2年生で、明るく活発的で成績優秀、顔もそこそこ可愛い、全てがお兄ちゃんとは正反対の妹である。


 そんな妹だが、特別仲が悪いという訳ではない。むしろ良い方だ。


 まぁ親が仕事の関係上あまり家に帰って来ず、家事とかを協力しないといけないため、仲良くせざるを得ないと言った方が正しいかもな……


 僕は朱音に言う。


「そうか気付いてなかったよ」

「まぁーお兄ちゃん帰ってきてすぐ部屋行ってたもん──」


 そこまで言った瞬間、朱音が僕の方を振り向いた。……そして


「……ふ、ぬはっ! あははっ! お兄ちゃん何そのメガネー! そんなの山ちゃんでもかけないってー!!」

「……」


 めちゃくちゃ笑い出した。しかも僕が思ったようなことも言ってやがる。やっぱり兄妹だナー。


 ……んじゃなくて!! メガネがかけっぱなしだったのを忘れてた!しかも妹に見られてめちゃくちゃ馬鹿にされた……。


 僕は今になって、怒りと恥ずかしさの感情が一気に湧き上がり、身体中が熱くなってきた。


  ……っクソっ!! クソがァ!! こんなメガネぶち壊してやる……!!


 僕が壊そうとメガネに手をかけようとした瞬間──


「……なっ!?」


 朱音の周りから黄色いもやが浮かび上がってきた。

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