ウラオモテ

 最悪な目覚めだった。首や肩が痛み、頭はよく回っていない。寝違えたのか何なのか知らないけれど、気分はこれ以上ないと言っていいほど悪かった。


 僕は冷たい床からぐっと身体を起こして、立ち上がる。……どうも僕はリビングで寝てたらしい。


 体が冷えている。ブルブル震えながら僕は机に向かい、置いてあった派手な眼鏡をかける。そしてリモコンを手に取り、テレビの電源を入れた。


 画面は女性キャスターが全国の天気を雨雲レーダーを使って解説をしていた。どうやらこの地域は数日間は雨が続くらしい。


 それでこの天気予報を見て気がついたのだが、今日は土曜日らしい。すっかり忘れていた。


 土曜日……当然今日は学校は休みだ。つまり華村と会えない日なのだ。


「はぁ……」


 僕はため息をこぼした。……まさか月曜日が恋しくなる日が来るなんてな。人生何があるか分からないもんだ。


 僕はポットでお湯を沸かす。


 ……華村。無事だといいんだけどな。何か親から言われたり、酷いことをされたりしてないといいんだけど。


 嫌な想像が頭をよぎり不安になった。でも僕は何もできない。ただただ、祈るだけだ。


「……神様。これ以上僕達に何も足さず、僕達から何も引かないでください」


 映画『お天気お姉さんの子』のセリフをボソッと呟いてみた。


 ……まぁもう既に僕達から結構引かれてるんですけどね。はは……


 力なく笑いつつ、冷えた体を温めるために僕はインスタントコーヒーを飲んだ。


「……熱っ!! 苦ッ!!」


 慣れないことはするもんじゃない。


 ──


 日曜日。今日は近所でフリマが開催されているらしいが、こんな状況では行く気にもなれい。


「ああ……あー!!」


 ベッドに仰向けで寝転んで叫んでみた。でも特別スッキリはしなかった。


「うるさいなぁ。喧嘩中の猫?」


 いつの間にか僕の部屋に入り込んでる妹が言う。無視して僕は呟く。


「ああ……クソっ。どうして僕はロミオなんだ」

「うぬぼれんな。あとそのセリフはジュリエットが言うものだし」

「そんなの知ってる……!!」


 ガッと朱音を睨みつけた後、また僕は声にならない声で叫ぶ。


「うぇぁああー!!」

「うるさ。本当にどうしちゃったのお兄。病院行く?」

「ウチにそんな金は残ってない」

「わ、急に正気に戻んないでよ」


 ──


 月曜日。僕は早く起きて、朝ごはんのもやし炒めを作って食べた。そしてインスタント味噌汁を3杯飲んで、無理やり腹を膨らませる。


 そして自転車の鍵を手に取り、学校へと向かおうとする。華村に……会うために。


「もう一度……あの人に会いたいんだ!!」

「おはよ、お兄ちゃん。朝からノリノリだね」


 隠れていたのか、朱音がバッと僕の目の前にニヤニヤしながら現れた。


「やっ、やめろっ!! そんな目で僕を見るなぁ!!」



 ──教室──


「おう、相馬」

「ああ……うん。おはよ」


 あの後朱音から逃げるように家を出て、学校へと向かった。


 それで教室に入ってすぐ僕に話しかけてきたのは華村じゃなくて……


「元気なさそうだな。どうした?」


 僕のダチの矢上だった。


「おい矢上。華村は……?」

「女王か? まだ来てないみたいだぞ」


 矢上は「ほれ」と華村の机を指さす。……空席だった。いつも華村が座っている光景しか見たことの無い僕は、大きな違和感を覚えたのだった。


 ……おかしい。いつも僕より絶対に早く来る華村がいないなんて。


 不安になりつつも、きっと来ると心の中でなんとか言い聞かせた。


 しかし待てども華村はやって来なくて、ついにはホームルームが始まってしまった。僕はもう冷静ではいられなかった。


 ──


 ホームルームが終わるとすぐに、僕は担任に話しかけに言った。


「あの……葉月はづき先生。今日華村はなんで休みなんですか?」


 葉月先生は現代文担当の若い男の先生で、よく笑う朗らかな先生である。……表向きはな。


 葉月先生は顔もイケてるから当然生徒の人気も高い。僕はあまり話したことがないんだけどな。


 葉月先生はいつもと変わらぬ優しい笑顔で、僕に言う。


「華村さん? えーっと確か風邪で休むと聞いたよ」

「……」


 前までの僕ならここで引き下がっていただろう。というか先生がそう言っているんだから、それが正しいと思うのが普通だろう。


 でも……僕には眼鏡がある。この意味が分かるか。


 葉月先生の感情オーラを見ると、水色へ緑へコロコロ変わっているのが分かる。これは嘘をついている人にだけ起こる特別な動きなのだ。


 つまり葉月先生が嘘をついてるということを、僕は確信しているのだ。


 僕はもう一度葉月先生に聞いた。


「先生、本当のことを教えてください」

「だから風邪だって……」

「先生!」


 少し声を張り上げてしまった。ギョロっと周囲の目がこちらに向く。


 すると観念したのか、葉月先生はやれやれといった表情で


「もう一限が始まる。……昼休みに職員室まで来い」


 と僕に耳打ちしてきた。


 その後一限の始まりを告げるチャイムが鳴った。僕は、さっさと自分の机に戻って授業の用意をした。


 午前中の授業が全く頭に入らなかったのは、言うまでもない。


 ──昼休み。


 僕は飯も食べずに、急いで職員室に向かった。そして葉月先生の場所に行く。


「葉月先生!」

「相馬か。少し待て」


 先生はコーヒーを片手に、パソコンでまとめサイトを閲覧していた。おい教師。


 葉月先生はパソコンの画面を仕事してそうな表計算ソフトに切り替えて、くるっと僕の方を向いた。


「ふー。まったく教師ってのは大変だよ。特に皆から愛される教師ってのはな」

「はぁ……」

「でもな、俺みたいな万人から好かれている人のことを嫌う奴も少なからずいるんだぞ」


 いきなり愚痴を聞かされた。しかも万人から好かれてるって言ったよこの人。自信満々だなおい。


 続けて葉月先生は言う。


「まぁ動画サイトの低評価を見てみれば分かるだろ。どんなに素晴らしいことをしても、どんなに面白いことをしても気に食わない奴ってのは絶対に一定数いるってことだ」

「はぁ……そうっすね」


 葉月先生は愛嬌のある笑顔ではなく、汚らしい悪人みたいな笑顔で言う。


「ははっ! 俺まだ教師生活長くないんだけどさ、好意を持たれてるなってのはすぐ分かるんだよね」

「……はぁ」

「あのクラスは特にね。皆俺のことを好きだし、授業だって毎回楽しみにしてくれてるんだぜ?」

「……」

「……お前と華村以外な!あはははっ!」


 えぇ……何こいつ。引くわぁ……と言いたいところだが、僕は既に葉月先生が狂った二面性を持った人ってのは眼鏡をかけ始めた日から気が付いていた。


 オーラが荒ぶりまくってたからな。僕があまり話さないのもその理由からだった。


 葉月先生は少しの間笑った後、いつもの穏やかな状態へと変化した。こんなに人間って変わるんやな。オソロシー。


「ふぅ、前置きが長くなってごめんね。確か華村さんのことだよね」

「え、教えてくれるんですか」

「うん。俺は優しいからね」


 嘘つけと内心思ったが、これを口にしたら本当に教えてもらえないと直感したため黙っていた。


「それで、休んだ理由だっけ。でも理由は俺もぶっちゃけ知らない」

「え? どういうことですか?」

「華村のカーチャンから電話かかってきてさ。休むとだけ言って、理由は何も言わなかったんだ」

「……」


 理由を言わない……? 何か言えない事情でもあったのだろうか。ますます華村が心配になってくる。


 葉月先生は楽しそうに僕の顔を眺めながら、取って付けたように言ったのだった。



「あー、それと。華村さん今月で学校辞めるらしいよ」

「……は?」

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