決戦

 そんな華村に近づいて僕は言う。


「会いたかったよ華村!」

「えっ、あっ、なっ、なんで相馬君がここにいるんですか!?」

「詳しい説明は後! 騒ぎになってるから、とりあえずここから離れよう!」


 感動的な再開を果たした僕らだが、残念なことにゆっくりと話している時間はないのだ。


 顔も声もオーラも荒ぶっている華村をベッドから引っ張り出して、逃げようとした……その時。


「その必要はありませんよ」


 ふと扉の向こう側から声が聞こえてきた。聞いたことのない声に僕は警戒しつつも振り向く。


 そして扉が開かれたと思ったら……


「なっ……」

「何を驚いているのです?」


 華村とそっくりな顔をした女の人が現れたのだ。


 でもその正体は華村の言葉ですぐに分かった。


「お母様……」

「え、この人が母ちゃんなの!?」


 これが母親!? 華村のお姉ちゃんって言われても普通に信じるぞ!?


 ……まさか。華村母の情報が全くなかったのって、華村と見分けがつかなかったからなのか? その可能性は充分にあるよな……


 そして華村の母は呆れたように言う。


「それで貴方が桃香に付きまとうハエですよね。わざわざこんな所まで何しに来たのです?」


 え、今僕ハエって言われた? これキレていいポイントなの? ……まぁまだ落ち着いて話しておきますけどね。ね!!


「アンタを説得しに来ました。桃香が学校を辞めないで済むように」

「へぇ……貴方は人様の家庭の事情に首を突っ込むつもりなんですか?」


 それを言われたら何も言えない気がするが、僕はすかさず反論する。


「桃香本人がそれを望んでいるのなら、僕だって何も言いませんよ。望んでいないから問題なんです」

「フン……望んでいようがいまいが、それを決めるのは私です」

「桃香の意思はどうだっていいんですか?」

「はい。彼女の為を思っての行動ですから何も問題はないですよ」

「それはエゴでは?」

「その言葉、そのままお返ししますよ」


 クソっ、やっぱこの人全く引かないな。やはり僕一人の力じゃ無理なのか……?


 修也ー!! 早く来てくれー!!


 ……そんな思いが通じたのか、ドタバタという足音がどんどん大きくなってきた。そして数十秒後、部屋の扉が開かれる。


「だぁー!! 広すぎるんだよこの家!!」

「華村ちゃん!」

「お嬢!」

「来たっすよ!」


 そこには修也だけでなく、深瀬と片桐、そして黒川さんまでいた。これで全員集合だ。


「修也!? それに皆も!? なんで!?」

「……」


 またまた驚いている華村に対して、華村母は冷淡に言う。


「……黒川。私はこの人らを家に上げていいなど一言も言っていませんよ。どういうつもりですか?」


 すると黒川は僕の方を見た。どういう意図で僕の方を見たのかはよく分からなかったが、とりあえず僕は強く頷いてみた。


 そしたら黒川さんは覚悟を決めたのか、向きを華村母の方向に変えて喋り出す。


「私は……私はお嬢の使用人、執事です。お嬢が友人に会いたがっているのなら、合わせるのが道理であると私は考えました」

「そうですか」


 少し間を置いた後、華村母はこう言った。


「……黒川、もう貴方はこの家に必要ないです」

「え?」

「必要ないと言ったのです。今日中に出て行きなさい」

「は……そ、それはどういう」

「何回も言わせないでください。貴方はクビです」


 えぇ……。目の前で黒川さんクビ宣言されちゃったよ。どうすんだよこれ……


 場は静寂に包まれた……かと思ったが、すぐにそれをぶち壊す人物がいた。


「おい! それはいくら何でもひど過ぎだろ!」


  声を上げたのは意外にも修也だった。


「黙りなさい。私に無断で他人を家に上げる馬鹿者など、この家に不要です」


 まぁ正論っちゃ正論だが、それでもクビはやり過ぎだと僕も思う。


 そして華村母は会話の相手を黒川さんから修也に変えるのだった。


「それで修也。今更何をしに来たのです? まさかこのハエと同じことを言いに来たんじゃないでしょうね?」

「は? ハエ?」

「そいつのことです」


 華村母は僕を指さす。……ねぇ僕キレていいよね?


「あーそうだよ。俺もソーマと同じ理由でここに来た。姉ちゃんを助けに来たんだ」

「やれやれ……全く成長してませんね。出来損ないはやっぱり出来損ないでしたか」


 コイツ……黙ってたらいい気になりやがって。たまらず僕は口を挟む。


「おい、修也は出来損ないなんかじゃねぇよ」

「いい。いいからソーマ黙ってろ」


 修也が僕を止めてきた。言い返したいのは山々だったが、修也に止められちゃ何も言えない。


 修也は僕が黙ったのを確認したら、喋り出すのだった。


「別に俺は何言われたっていいけどよ。姉ちゃんが辛い目に合ってるのは納得できねえよ。ソーマの言う通り学校辞めるのだけでも取り消してやってくれよ!」

「駄目なものは駄目です」

「どうしてだよ!」


 華村母は「そんなことも分からないのか」と見下した態度で言う。


「桃香にはまだ可能性があるからです。桃香には貴方と違って勉強もできるし、芸術センスだってある。そんな桃香の可能性が潰されるかもしれない危険な物は、遠ざけるのは当たり前でしょう」


 ……それを聞いて僕は。



 思わず笑ってしまった。



「ふっ……あははっ!」

「……ん?」

「危険な物を遠ざける? 桃香にとって1番危険なのはお前だよ。そんなことも分かんねえのか」


 このまま喋っていたら、僕の口から汚い言葉が次々出てきそうだ。でも。もう。もう止められない。


「遊びも友人も遠ざけて! 勉強や音楽で何時間も拘束して『可能性がある』なんて馬鹿言うんじゃねぇよ!! 桃香はお前の操り人形じゃねぇんだ!!」

「フン……」


 華村母は僕を睨みつける。でもそんなの怖くない。


 次は何を言ってくるんだと構えていたら、予想外の言葉が華村母から飛び出してきた。


「……なら貴方は責任を取れるのですか?」

「は?」

「桃香が悪い友人と遊んで、成績が下がったら。ピアノが下手になったら。成功者になれた筈の未来が失われたらどう責任取ってくれるんですか?」


 ……ダメだ。コイツと話していると頭がおかしくなってしまいそうだ。


「ハハハっ……お前こそ責任取れんのかよ。桃香の高校1年生は今しかねぇんだよ。大人になってあの時の時間を返してって言われた時、返せるのかよお前は」

「それは関係ないです。きっと未来では私に感謝する筈ですから」

「どっからその自信は来るんだよ」

「……もういいです。……はぁ」


 華村母は深いため息をついた……と思ったら僕に近づいてきて。


「っがはっ!!?」


 頭に強い衝撃を受けて僕は──宙に浮いた。急に視界が。周りの景色が変わっていった。そしてすぐ身体に衝撃が伝わってきた。


「相馬君っ!!!!」

「相馬っち!!」


 遠くで華村と深瀬の声が聞こえたような気がした。……ああ、もしかして。僕、華村母に殴り飛ばされたのかな。


 ……そう思ったら何だか急に頭が痛くなってきたぞ。意識もどんもん遠のいていきそうだ。


「……まくん!!」


 誰かが僕の身体を揺らす。誰だろう。華村だといいんだけどな。


「……っ!」


 ……駄目だ。もう、持たない。


 ごめん……華村……頑張ったつもりなんだけど……結局何もできなかったよ。僕本当にだせぇよな……



 深い深い眠りにつく寸前の僕に……僕の頬に。水のような物が落ちてくる感覚が伝わってきた。



 ──そこからの記憶はない。

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