周りを見ろー!
次の日。僕は登校してすぐ、華村に挨拶をした。
「おはよう華村」
「おはようございます相馬君。昨日あんなことしたくせによく平然と話しかけてこれますね」
華村はいつもと変わらず冷たい表情で僕にそう言う。だが、感情オーラは赤くはなっていないので、怒っている訳ではなさそうだ。
「ははっ、昨日のあれは……ジョークだよ」
「映画館のロビーでヘッタクソな泣き真似をすることをジョークとは言いません。ジョークが聞いたら怒りますよ?」
「なんだジョークが怒るって……」
すると華村は少し考えて言う。
「あれです。パイレーツオブカリビアンの……」
「それジャック!!」
「サメ映画の……」
「それジョーズ!!」
「ハリーポッターの作者……」
「それJKローリング!!!」
なんで急にボケを振るんだ……というかJKローリングに至っては1文字もカスってないし……
……ん? いや待て……ま、まさかJKって……『Just kidding』という意味で捉えろってことか!?
僕は思わず華村の顔を見た。華村の表情はほぼ変わっていなかったが、僕には心做しか『どゃぁ……』みたいな顔をしているように見えた。
……お、恐ろしいぜ華村。頭の回転早いし、こいつ本当に芸人とか向いてるんじゃねぇかな……
「ぬふー。これがホントのジョークってやつですよ、相馬君」
そう言って華村は得意げにウインクをするが、上手くできていない。というか完全に両目を閉じている。
「……いや、華村。ジョーク話はここまでにしておいてだな。早く次の作戦を考えよう」
「次のですか」
「ああ。華村を映画で泣かせるのは難しいと判断したからな」
だって昨日見たあの名作で泣かなかったら、何見ても泣かないでしょ。だから別ベクトルの作戦を考えなくては……
「なら次は……恐怖で泣き叫ばせる作戦……」
「それは却下です」
「え、どうして?」
「その……驚かしたり怖がらせたりして泣いても……ほら、達成感がないじゃないですか。恐怖で泣くのは何か違うと思います」
華村はそう言っているが、感情オーラは濃い緑色に変化しているため、ただ単に怖いから嫌がっているのだろう。素直にそう言えばいいのに。
「んーそうか。それじゃあどうしようか」
僕が腕を組んで考えている時、華村が僕に尋ねてきた。
「あの……相馬君は子供の頃、どんな時に泣いたりしてました?」
「え、僕? そうだな……」
僕は小さい時に泣いた出来事を思い出してみることにした。
「……う〇こを漏らした時……ポニャモンのセーブデータが破壊されていた時……席替えで隣の女子が僕を嫌がって泣いた時、悲しくて僕も一緒に泣いた……」
「ごめんなさい、何一つ参考にならなかったです」
なんか過去の嫌なことを思い出して、また泣きそうになってきたわ……もっと楽しいこと考えなくちゃ……楽しいこと……楽しいこと。
……そう言えば僕、子供の頃クリスマスプレゼントでポニャモン貰った時泣いたよな。嬉しくて。
……あ、そうか! 涙は楽しい時や嬉しい時でも出てくるよな。もしかしたら華村は嬉し泣きの方が簡単にできるかもしれない!
こっちの方向で作戦を立ててみることにしよう。
「でもさ華村、涙って嬉しい時にも出るよね」
「あーそうらしいですね」
「そうらしい?」
「はい。嬉しくて泣くなんて体験をしたのは、もう随分と前のことですから。あまり覚えてないのです」
「……そうか」
うーんやっぱり嬉し泣きは難しいか? ……いやでも過去には華村もそういう体験をしたことがあるってことだよな。なら試してみる価値は充分にある。
「ちなみにどんな体験で嬉し泣きしたの?」
「えっ……」
僕がそう尋ねると、華村は途端に口を開かなくなった。感情オーラも薄赤い色に変わったため、きっと照れているのだろうが……
「なぁ教えてくれよ。もしかしたらそれが泣けるヒントかもしれないだろ?」
「うっ……そうですよね……相馬君。絶対……笑わないですか?」
「ああ、大丈夫だって」
僕がそう言うと華村はゆっくりと口を開いて、語りだしてくれた。
「……5歳の頃。私の誕生日に両親がケーキバイキングに連れてってくれたんですよ」
「うん」
「それで……『そこら中にあるケーキ、全部自由に食べていいんだよ』って言われた時……夢の世界に来たみたいで、それがとっても嬉しくて泣きましたね」
「……」
……な、なんだそのエピソード。めっちゃ……めっちゃ……
「……相馬君?」
「めっちゃかわいいじゃ……んっグフッ!」
僕が叫ぼうとした時、華村が驚きのスピードで僕の口を押さえつけた。……両手で。
「……ち、ちょっと声大きいですよ。周りの人に聞こえたらどうするんですか」
「……モゴッ……」
「……まったく。油断も隙もありませんね」
「……モゴッ……モゴゴッ!!」
「相馬君はもう少し周りを見ることを覚えるべきですよ。だから映画館でもあんなことを……」
「モゴッ……!!! モゴゴゴゴッ……!!!」
華村は僕の口を思いっきり塞いだまま、グチグチ何かを言っている。……苦しい。苦しいって!!!
僕はなんとか抵抗して、空気を吸おうとする。
「……あ、ごめんなさい。やりすぎました」
すると華村は僕が青白い顔をしているのに気がついて、ようやく手を離した。
「……大丈夫でした?」
「……はぁっ。……ぉお」
「なんですか?」
「はぁっ……はぁっ……お前こそ周りを見ろぉー!!」
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