泣きたい時は映画館に行こう

「……デートじゃないです。そうやってすぐ恋愛の方に話を持っていくのは、現代人の悪い癖ですよ」

 

 華村はすました顔をしてそう言った。……が、感情オーラは薄い赤色で染まっていたので、きっと内心は照れているのだろう。


「いや、すまんすまん。……でもそんなことで華村の表情が戻ってくるのか?」

「それはわかりませんけど。やってみる価値はあると思います」


 華村はぐっと握りこぶしを胸の位置まで上げて、そう言った。


「分かった。ならやるだけやってみようか」

「はい、ありがとうございます」


 うーん……とは言ったものの。適当にブラブラうろついたりするだけでは、華村の表情は戻ってこないよな。


 ならば……


「じゃあさ華村。華村が今1番出したい表情って何だ?」

「えっ?」

「ほら、例えば笑うこととか、泣くこととかさ」

「それなら……泣くことですかね」

「へぇー」


 意外だ。もし僕が華村の立場だったら、真っ先に笑いって答えるもんな。だって笑えないって辛くない? 僕は辛い。


「泣くことかぁ。それはどうして?」

「泣けたら……きっと悲しみも辛いことも吐き出せて、少しは楽になれるかも……って思ったからです」


 へぇ……そんな考えもあるのか。


 んでんで……華村を泣かせるという目標が決まったので、僕は早速行動することにした。


「なるほどね……それじゃあ泣きに行こうか!」

「え、ちょっと相馬君……!」


 僕は華村の小さな手を引いて、教室から連れ出した。



 ───映画館───


「……ここは?」

「見たらわかるでしょ。イヴォンの中にある映画館だよ」


 僕らは学校の近くにある大型ショッピングモール「イヴォン」の中にある、映画館へとやって来た。やっぱり泣くと言ったら映画でしょ!


「さて何を見ようか……泣くなら感動ものがいいよね」


 僕はずらーっと貼られている映画ポスターを眺めてみる。


「ふむ……この『お天気お姉さんの子』はどうだろうか」

「なんですかそれは……」

「え、CMでやってるじゃん。人妻のお天気お姉さんが、同じ出演者の男性リポーター達と不倫していって……」

「いやそれどこに感動要素あるんですか」

「そして決めゼリフが『ねぇ、今からハメるよ!』」

「やかましいです」


 ……華村って意外とツッコミ上手いのな。一緒にお笑い芸人でも目指そうか。


 ちなみに今の華村の感情オーラは紫色だ。紫は中々見れないから珍しい。……まぁ紫色の感情はうんざりしているとかその辺だと思うんだけどな。


「はぁ……相馬君がこんなに下品な人とは知らなかったですよ」

「いやごめんって……真面目にこれとかはどう?」


 僕はその『お天気お姉さんの子』の隣に貼ってあるポスターを指さす。


「『余命3ヶ月の花嫁』ですか。……こういうのって大体オチ読めません? 」

「いやまぁ分かるけどさ」


 余命系はやりすぎてもう新鮮感がないよな。展開もオチも全部見たことあるような感じだし……


「じゃあこれはどうですか?『私と子猫のじかん』」

「なるほど……動物ものか」


 これも結構やり尽くして、オチも決まってるような物だが、さっきの余命系の物よりは楽しめるだろう。


「じゃあ……これにしようか」

「はい、それではチケットを買いましょう」


 僕らは券売機に並んで座席を取ろうとする……


「おっと……結構座席が埋まってるな。別々に座る?」

「いや……せっかくですし並んで見ましょうよ」

「分かった。端っこだけどここでいい?」

「……はい。いいですよ」


 華村の感情オーラの色は、いつの間にか綺麗なオレンジ色に変化していた。きっと映画が楽しみなんだろうな。


 ───


 上映後……


「ぐずっ……ずずっ……は、はぁ……いい。めっちゃ良かったよ!!!」

「なんでそんなに泣いてるんですか」


 不覚にも泣いてしまった。これはここ数年の中でも名作だよこれ。特に終盤の猫とおじいちゃんの別れのシーンは涙無しでは語れないよ……


 ……で。


「なんで華村は泣いてないんだよぉ!!」

「いや、確かに素晴らしい映画でしたよ。意外にも音響にこだわっていて……あ、あとカメラワークも……」

「ちがーう!!」


 僕は無理やり華村の話を遮った。違うのだ。そういうことじゃないのだ。


「……え?」

「ねことおじーちゃんが!! はなれる!!! もうそれでかなしい!!! じゃん!! 」

「……もう少し落ち着いてから話しましょうか」

「おちついてる!!!!」

「いいから座ってください」


 すると華村は映画館のロビーにあるソファーに僕を座らせて、僕の背中をさすりだした。


「……えっ」

「いいから落ち着いてください。」


 まさか華村にそんなことをされるとは夢にも思ってもおらず、僕は驚いて涙も引っ込んでしまった。


「華村……?」

「落ち着きましたか? 人を落ち着かせるには、背中をさするのが1番って母が言ってましたから……」


 そう言って華村は僕の背中を撫で続ける。


 ……ああ。何だか心地いい……もう少し泣いてるフリでもしようかな……




「……ねぇ相馬君、泣き真似してますよね?」

「ずずっ……えーん!!」

「いいからやめてください」

「えーん!!!」

「どうしてそんな恥ずかしいことできるんですか……見られてますよ?」

「……え、えーん……?」


 僕は落ち着いて周りを見渡してみた……するとたくさんの通行人から冷ややかな目で見られていることに気がついた。僕らを指さして笑っているカップルも発見した。


 ……僕は思わず立ち上がった。


「……相馬君?」

「すいませんでしたぁああ!!!!!」

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