完全勝利っ!?

「泣けてる、泣けてるよ華村! やったな!!!」

「ううっ……やりましたぁ……」


 思いもしない場面で華村が泣いたので、すぐに反応することができなかったけど……


 というか最近は『華村を泣かすために色々と頑張っていた』ということをすっかり忘れていたけど……


 泣いた。確かに華村は僕の胸で泣いたのだ。


 華村は僕に触れながら、震えた声で言う。


「ずずっ……相馬君がこのまま起きなかったらって思ったら……もうとっても怖くて……怖くて……。だから本当に良かったです……!」

「大丈夫だって。僕はそんな簡単に死なないからさ」

「うっ……あぁああん……!」


 泣きじゃくる、見たことのない華村の姿がとっても愛おしくて……でも泣き止ませてあげたいとも思って。


 だから僕は華村を包むように抱きしめ返してあげたのだ。


「ごめんな。心配させて」

「ううっ……! あぁっ……!」

「大丈夫だ。大丈夫。僕はここにいるんだから」

「うぇぇえぇん……!!」


 僕は泣き止むまで、背中をさすってやった。


 その時間はとっても長い間続いたかもしれないし、一瞬だったのかもしれない。


 まぁそんなのはどうだっていいんだ。僕が……僕らがとっても幸せだったのだから。


 ──


 後で聞いたんですけど、この場面を深瀬がバッチリ覗いてたらしいっすよ。


 ……あははっ。


 ──


 華村が泣き止んだ後。僕らは自然に抱きしめていた手を離して僕はベッド、華村はブルーの椅子に座るのだった。


 気まずい……という訳ではなく、多分お互いとても恥ずかしいのだろう。


 僕自身、バキバキ童貞だし、まして女の子を抱きしめるなんてしたことあるわけがないので、少し冷静になって思い返してみたらとても恥ずかしいのだ。なんかキザなセリフも言ったような気がするし。


 華村も多分同じような感じだろう。きっと華村もこんな体験したことないだろうし……いや、お願いだからそうであってくれ。じゃないと僕の脳みそが粉々になってしまう……


「相馬君」

「はっ、はいっ!」

「何ですかその返事はっ。いつも通りにしてくださいよ」

「お、おうよ」


 駄目だぁ。僕の方が意識してるみたいじゃないか。


 平静を装い顔を上げて華村を見てみると、華村はいつも変わらずクールな表情をして……いなかった。


「えへへ……まぁいつも通りなんて、私の方ができないんですけどね」


 華村は頬を赤らめ、ニコニコ笑顔で僕を見つめていた。


 その笑顔はお世辞抜きで、テレビで見るどんな芸能人よりも美しく、可憐であった。


 思わず口からこぼれる。


「華村……表情豊かになったね。とっても可愛いよ」

「え、そ、そうでしょうか? 嬉しいですけど、なんだか恥ずかしいですね……」


 華村はもっと赤らめた顔を、手で覆い隠すのだった。


 ……え、何? 「可愛い」を擬人化して生まれたのがこの子なの? 最高か?


 華村は顔を隠したまま言う。


「まぁ……そうなれたのは、きっと相馬君のおかげですよ」

「僕のおかげ?」

「はい。相馬君が私を自由にしてくれたんですから。家のことも、感情も」


 え、僕が……? いや、そんなことはない。僕は何もできなかったし、それどころか皆に迷惑だってかけてしまったのだから。


「いや華村、僕は何もできなかったよ」


 僕がそう言うと、華村は大きく首を横に振った。


「ううん。そんなことないです。相馬君が、相馬君達が私を助けてくれたんですよ」

「でも僕殴られただけだし……」

「……んー。じゃあお話しますよ。相馬君が倒れてからのことを」

「ああ。詳しく教えてくれ」


 とりあえず僕は華村の話を聞いてみることにした。


 ──


 相馬君が殴られて、私は急いで駆け寄りました。見たところ相馬君は気絶してしまっていました。


 頭を殴られたんだし、きっと脳震盪だったんだと思います。


 救急車は黒川が呼びました。そして相馬君が病院に運ばれた時、ほとんどの人が病院へとついて行きました。


 残ったのは、私と母です。私だってすぐに相馬君の所に行きたかったです。でも……許せなかった。私は絶対に母が許せなかったのです。


 でも手は出せなかった。それをしてしまうと、母と同じレベルになってしまうから。


 だから言いました。「相馬君に謝れ。許してもらえるまで謝れ。そして相馬君の言うことを全て聞け」と


 それでも母は態度を変えませんでした。だから更に私は言ってやったんです。


「できないのなら縁を切ります。犯罪者に母親ズラされるのは気分が悪いですから」と。


 流石にそこまで言うと、母は少しだけたじろぎましたが、私は言葉を止めずに続けてこう言いました。


「私は本気です。できないのなら、貴方と一生口を聞かず、一生恨み続けます」と言いました。


 今までにここまで反抗したことがなかったので、母は驚いたのか、恐怖したのか、観念したのかは分かりませんが、私の条件を全て呑んでくれたのです。


 ──


「……という訳です。だから……だから私たち勝ったんですよ! もう縛られなくて済むんですよ!」

「そうなのか!? じゃ……じゃあまた華村と思いっきり遊べるのか!?」

「はい! 相馬君がいいなら、何時でも! ずーっと!!」


 そんなことが許されるなんて……!! 僕はなんて幸せなんだ!



「うぉお!! やったな華村!!!」

「やりましたよっ!! 相馬君!」


 また僕らは抱き合って、喜びを分かち合うのだった。


 ──


「あ、それで母のことなんですけど。どうします?」

「え、どうするって?」

「だからあの人相馬君を殴ったので、犯罪者なんですよ。お金請求したり……なんなら刑務所ぶち込むことだって難しくないですよ」

「怖いこと言うね……」


 もちろん怒りがないと言ったら嘘になるけど……それより華村を自由にしてくれたことの方が何倍も嬉しいのだ。


 だから……僕は穏便に済ませたいなって。


「別にそんな大きな事件にすることもないだろうし……この治療代さえくれたら僕は何も言わないよ」

「え、それでいいんですか?」

「いいよ。あ、それとメガネ代も欲しいな……」


 そう言うと華村は「あっ」と言って僕の顔をまじまじと見つめてきた。


「そういえば相馬君、あのユニークなメガネかけてませんね」

「そうなんだよ。殴られた衝撃で落としたのかもしれないから、誰か回収してくれていると助かるんだけど」


 やっぱりあのメガネは3万円したんだし、なんだかんだ愛着も湧いたので、やっぱり取り戻したいよな。


「あ、そうだ。深瀬さんが、相馬君のスマホは預かってくれてれているみたいですから、メガネも回収してるかもしれません。後で聞いてみましょう」

「うん、そうしてくれると助かるよ」


 スマホもきっと衝撃で落としたんだろうな。早いとこ深瀬から返してもらおう。


「あとさ、華村。約束を守れなくてごめんな」

「約束……ああ、もしかして文化祭のことでしようか」

「ああ。一緒に行くって約束したのに、僕がこんなことになっちゃったからさ。本当にごめん」


 僕は頭を下げて謝った。理由はどうであれ、約束を破ってしまったことに変わりはないもんな。


 すると華村は首を振って、僕の手を握ってくれた。


「ううん、大丈夫ですよ。行けなかったのはちょっと残念ですけど、もう自由なんですから! これからはもっともーっと、楽しい場所行きましょうよ!」

「ああ。ありがとう華村」


 僕がそう言うと、華村は手を握る力を強めてきた。


「違います。華村じゃないです」

「え?」

「昨日呼んでたじゃないですか。私のことを『桃香』って」

「あーなるほど」


 ……どうやらお嬢様は名前で呼ばれるのを所望されているらしい。


 僕はすぅーっと息を吸い込んだ後、こう言ってやった。


「本当にありがとな、桃香!」

「えへへ……」

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