遊園地って案外待ち時間の方が思い出に残るよね

「ゴーカートだ! やっぱり僕はカーレースがしたいんだ!」


 僕がそう言うと、周りはざわつきだしたが……そう、それでいい。それが僕の狙いなのだから。


 するとみんなを代表するように矢上が1歩前に出てきて、呆れたように僕に言うのだった。


「おいおい相馬。お前まで他の案出したらまとまんないだろ?」

「いや矢上! 僕はどうしてもゴーカートに行きたいんだ!」

「引かないつもりかよ……ええと、じゃあ2人は?」


 矢上は修也と深瀬にそう聞いてみるけれど……


「俺は絶対ジェットコースター乗る!!! 引かんぞ!!」

「私はお化け屋敷行くの!! 絶対!」


 2人も全く引くつもりはなかった。


「はぁ。どうしてお前ら頑固なんだよ……順番に回って行くのは駄目なのか?」


 矢上はそう提案するが、僕はもちろん拒否する。


「それは駄目だ。もし一つだけ回れたりしなかったらその人ががっかりするじゃんか」

「んなこと起こる訳ないと思うんだけどな……時間は結構あるし」

「予想外のことが起こったらどうするのさ! 誰かが倒れたり、行列があったりしたら責任取れるの!?」


 そうやって僕が逆ギレすると、矢上は諦めたかのようにため息をついて、頭に手をやるのだった。


「じゃあ……そこまで言うならペアに分かれるか? ジェットコースター、お化け屋敷、ゴーカートの3つのペアに」


 ……計画通り。僕はコレが狙いだったのだ。


 その矢上の言葉に続けて深瀬が言った。


「せっかくペア作るのなら男女同士にしようよ! その方が面白いし!」


 よーし。よくやった深瀬。男女ペアなら自然に僕の所に桃香が来るはずだ……


 と思っていたのだが。


「その理論でいけば、深瀬さんのところは矢上君で確定っすね。それでボクと華村さんがどっちかに分かれるかどうかっすけど……」

「そうか。じゃああみだくじ作るか」


 えっ。オイオイ。まてまてまて。あみだで決めるの?


 いや……まぁ待て。まぁ落ち着け僕? 桃香が僕の方へ来るのは50パーセントだ。2分の1。コインの表。れんごく。でんじほう。ばくれつパンチ。可能性はある。なら願うだけだ。


「よし、あみだ作ったから華村さんと片桐さん選んでくれ」


 矢上がそう言って、メモ帳に書いたあみだくじを2人に見せる。


「じゃあボクは左で」

「なら私は右ですね」


 頼むっ……! どうか桃香僕の所へ……!!



「こう行ってあー行って……あ、ボクがゴーカートだね」


 Oh……!! 神は死んだっ……!!


 ……いや別に片桐が嫌なわけじゃないんだよ。ただ僕は桃香が良かっただけなんだよ……!!


「そしたら私がジェットコースターですけど……何で弟と一緒に乗らなきゃいけないんですか」

「いいじゃねぇか姉ちゃん! ほら、早く行こうぜジェッコ! ジェッコ!」


 修也は子供みたいにはしゃいでいる。


「……はぁ。全く」


 反対に桃香は呆れたような顔をした……が、一瞬桃香が微笑んだのを僕が見逃すはずがなかった。


 ……まぁ。修也も桃香と離れ離れだったらしいし、この2人の時間も必要だよな……


 でも僕だって桃香と一緒に過ごさなきゃいけないんだ。


 僕はみんなに呼びかける。


「それじゃあ、アトラクションに乗り終わったらまたここに集合でいい? ずっとペアで行動って訳にもいかないしさ」

「おう。俺はいいけどみんなは?」


 修也がそう言うとみんなはこくりと頷く。


「よし決まりだ……それじゃあ一旦解散!」


 僕が合図すると、桃香修也ペアはジェットコースターの方に、深瀬矢上ペアはお化け屋敷の方へと歩いていった。


 残ったのは、もちろん僕と片桐。


「相馬くん、じゃあ行くっすよ」

「ああ……行こうか?」

「なんかテンション下がってないっすか?」


 ──


 ゴーカート乗り場。ジェットコースター程ではないが、当然列が長く伸びており、乗るのにはまぁまぁな時間がかかるのは見てすぐに分かった。


 隣で片桐が呟く。


「結構並んでるっすね、やっぱり人気なんですかね?」

「いや……ゴーカートはカートに限りがある。そしてそれに乗るのは1人。ジェットコースターは一度に何人も乗れるから、ゴーカートの方が回転率が悪いんだ」


 僕がそうやって教えてあげると、片桐はぷくーっと顔を膨らませて不機嫌な表情をした。


「むー……相馬くん、君って会話下手でしょ」

「はっ!? え、何で?」

「あのっすね……女の子はそういううんちくを聞きたいわけじゃないんすよ。ただ『そうだねー』って同意して欲しいだけなんっす」

「えぇ……」


 え、なにそれめんどくせぇ……! 超めんどくせぇ……!!


「というか分かったっすよ。相馬くんはゴーカートに乗りたかったんじゃなくて、華村さんと2人でどこか行きたかっただけなんっすよね?」

「うっ……何故それを」

「さっきから態度があからさますぎるからっすよ」


 あ、ホントに?そんなに顔に出てたかな……とりあえず謝らなきゃ。


「いや……あの……ごめん……」

「別に謝らなくていいっすよ。多分ボクも桜井さんがいたら、きっと君みたいになってるっすから」

「そ、そうか」


「……」

「……」


「……暑いな」

「そうっすね。今日は猛暑日らしいっすよ」


「……」

「……」


「……後何分くらいだ?」

「多分……30分くらいっすかね」


「……」

「……」


 沈黙。会話が続かない。いや……まぁそうなるよ。だってあんまり片桐のこと知らないもん。


 というか最近は桃香や深瀬とよく話していたから忘れてしまっていたけど、僕ってただのコミュ障オタクなんだよ?


 こんな女の子と2人で会話を続けろという方が無理があるんだ。話せないのが普通なんだ。


 と、いきなり片桐が話しかけてきた。


「ねぇ相馬くん」

「は、はい」

「まぁ暇つぶしで聞くので、答えたくなかったら答えなくていいんっすけど……」


 何その前置き。怖いよ?


「なっ、何?」

「どうして華村さんのことが好きなんっすか?」

「えっ?」


 ちょっと一瞬びっくりしたが、別に深い意味なんてなさそうだしな。答えてやるけど。


「それは……一緒にいて楽しいから、かな」

「へぇー。なるほど他には?」

「え? ……まぁ優しいからとか……可愛いから?」

「なるほどなるほど。ためになるっす」


 ためになるって……何がだ?


「どうしてそんなことを?」

「いや、男の人って女の人どんなとこに惹かれるのかなって思ったので。ボクも桜井さんに好かれるようにならなきゃいけないっすから」

「ほーん」


 なるほどね。そんな理由か。じゃあ僕も……


「あのさ片桐、これも暇つぶしで聞くんだけどさ……」

「はい、なんっすか?」

「桜井さんのどんなとこが好きなの?」


 忍法オウム返し。話に詰まったら聞き返せって図書室から借りた本に書いてあったんだ。


 それで片桐の反応だが……


「えっ……えー、えへへ、色々あるっすよー、へへ」


 もう気色悪い程ニヤニヤしていた。


「えーっと、どんなの?」

「そうっすね……まず優しい、面白い、カッコイイ、知識もあって……あ、気が利く! そして落ち着く癒される!」

「ほ、ほう」


 めちゃめちゃあるじゃん。どんだけ惚れてるんだよ。


「でもっすね。そんなのはほんの一部なんっす。大部分は言葉に出来ない何か……」

「何かって?」

「だから……幸せなんっすよ。居るだけで幸せ。見るだけで幸せ。声だけで、話すだけ、触れるだけ……それだけてもうボクはたまらないんです」

「へ、へぇー」


 すげぇなそれは……めちゃめちゃ愛してるやん。でも1歩間違えたらメンヘラにでもなりそうだなこの子……


「じゃあさ、そうなったきっかけってあるの?」

「きっかけ? まぁそれは本当に単純っすよ。聞きたいっすか?」

「うん」


 すると片桐は話をしてくれた。


「ボクが電車に乗っている時に、カバンを閉め忘れて中身を全部ぶちまけたことがあるんすよ。プリントとかノートとか」

「うん」

「その時は朝でみんな急いでいるから、無視するどころか、それを踏んで去って行くんす」

「ほう」


 酷いと思うかもしれないが、実際僕がそこに居たらそうなるだろうなぁ……


「ですがそんな中1人拾うのを手伝ってくれた人物が居たんす」

「まさか……」

「はい、その方が桜井さんだったのです。そして拾い終わったらボクに慰めの言葉を掛けて去ろうとしたのですよ」


 それはカッコイイな桜井さん……ボクでも惚れるわそれ。


「ですがボクは引き止めて、『お礼がしたいから電話番号教えて』と言いましたが断られました」

「まぁそうなるよね」

「ですがボクは食い下がらずに、しつこくしつこく言い続けました。そしたら観念したのか、名刺を渡してくれました」

「それで探偵をやっているのを知って、そこで働き出したって訳か……」

「そういうことっす」


 なるほどな……ちょっときっかけからこんなに惚れたりするもんなんだな。人生って凄いや。


「相馬くんも華村さんにここまで好かれるように頑張らないといけませんね?」

「まぁ……頑張るけど」

「あ、もう次っすよ! 話していると進むの早いっすね!」

「そうだな」


 そして数分後。ほんの少し仲良くなった片桐とカーレースを楽しむのだった。

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