ノーと言える勇気
あり得ない。
確かにジャボチカバは寄生したようにしか見えない悍ましい生り方をする果物だ。けれど、本当に寄生している訳ではない。たぶん。あれは生り方が異様なだけだ。たぶん。さっき初めて見たところだから自信はないが、きっとそうだ。そうであってくれ!
そもそもおっさんが寄生される謂れが無い。
なのに何でこんなことになったんだ!
気を失っても悪夢からは逃れられない。お次は頭からにょきにょきと黒丸を生やしたおっさんが、うなされる俺を気遣わしげに覗き込んでいる。逆光でシルエットだけだと
…………。
いや! いやいやいや! 落ち着け、俺!
おっさんは寄生されている。能天気で気づいてないから却って危険だ。俺が何とかせねば。萌えてる場合じゃない。
「渚くん? 渚くん大丈夫?」
おっさん、俺の心配してくれるのか。優しいな。でも大丈夫じゃないのはおっさんだ。頭からジャボチカバが生えてるじゃないか。由々しき事態だぞ。頼むから早く気づいてくれ。
「もうすぐつくよ。起きてー」
つく? 何が付くんだ。それ以上変なものくっ付けてどうするつもりだ。もう勘弁してくれよ。
「起きて一緒にぶどう食べよう」
そう言っておっさんは頭に手を伸ばす。
無理!! 無理無理無理無理!
いくらおっさんが癒し系天使でも、バーコードから生えたぶどうなんて、ぜっっったい! 無理!!
「目を覚ませ、おっさん!」
俺はがばっと起き上がった。そのままおっさんの両肩を掴みがたがたと揺する。
「きゃあ!」
きゃあ?
見れば、おっさんの頭からシャインマスカットの青い粒がふわりと離れ、おっさんの後ろに居たかずこさんがぺたんと尻もちをついている。両手にぶどうを握りしめて。
「え? あれ?」
俺はキョロキョロと首を巡らせた。膝の上には転がったおっさんとかずこさん。右隣には運転中の融。
「めっちゃうなされてたよ。大丈夫、渚?」
進行方向を見つめたまま、融が声を掛けてくる。言葉こそ気遣わしげだか、声は半笑いだ。
「おっさんおっさん言ってたよ」
堪えきれずに笑いだしながら、融はちらりとこちらを向いた。
「夢の中までおっさん!」
……夢?
膝に転がるおっさんのランニングを捲ってみる。ぷよん、とだらしないもち肌が白く揺れていた。ちっちゃい手を掴んでみても、綿毛も黒子も、もちろん黒丸も存在しない。
「夢!」
よかったー。超焦ったわ。
安堵に脱力しつつ、つるんときれいなもち肌をぷよぷよと押してみる。
あー癒される。これがジャボチカバまみれにならなくてよかったー。
「いやーん。渚くんのえっちぃ」
どっかで聞いたようなセリフを宣いながら、かずこさんがくねくねと身を捩る。今は何とでも言ってくれ。天使なおっさんが帰ってきた。それが何より大事だ。
「ねえねえ。ジャボチカバ狩りはいつ行く?」
一頻りくねくねしたかずこさんが身を乗り出してくる。俺はおっさんの腹を一瞥してかずこさんに手を合わせた。
「それは却下で! 勘弁してください!」
「「「「「えーーっっ」」」」」
全方向から抗議の声が降ってきたが。
無理なものは無理だ。勘弁してくれ。
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