もしかして天使
「お前えは食い
殺虫剤まみれになったさくらんぼを恨めしそうに見下ろして、おっさんは僕に説教をした。ただでさえ怖い鬼瓦を更に歪めて、ビシッと僕に人差し指を突きつける。堂に入った巻き舌がそのご面相にとても合っていた。
「ごめんなさい」
僕は素直に謝った。
おっさんの言う通り、食べ物を粗末にしてはいけない。
「風呂に入る」
「え?」
「風呂だよ、風呂! 俺のざまあ見てみろ」
脈絡の無さに戸惑うが、確かにおっさんの全身からはポタポタと殺虫剤が流れ落ちている。目に沁みるのか、ときどき擦って悪態を吐いていた。
「熱いのと冷たいの、どっちがいい?」
「ああん? 丁度いいのだよ!」
おっさんに凄まれて僕はすごすごと風呂場に向かった。
🍒
「あー。極楽極楽」
洗面器の湯船に浸かったおっさんは満足そうに目を閉じている。さっきまでのはしゃぎ様が嘘のようだ。
おっさんは僕が構えたシャワーに「滝まであるのか!」と驚愕し、初めて見るらしい石鹸がモコモコと泡立つのに大喜びした。鬼瓦が泡に埋もれてきゃっきゃと戯れる図は何とも言えないものだった。
それにしても、シャワーも石鹸も知らないなんて、何処から来たんだおっさん。
🍒
風呂から上がったおっさんは、ニコニコ顔で冷蔵庫にいて無事だったさくらんぼを頬張っている。
「思った通り旨いな、これ!」
僕らの感覚からしたらリンゴに齧りついてるみたいなもので、ぷるんと赤い実にはおっさんの歯形が刻まれる。でもさくらんぼはリンゴと違って皮も果肉も柔らかいから……。
「おっさん、それ食べ終わったらもう一回風呂に入ろうね」
「は? 何で?」
きょとんとした顔でおっさんが僕を見る。
てめえのざまあ見てみろよ。
とは。
ちょっと怖くて言えなかった。
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