天使なわけない

 友人が壊れた。


 いや。壊れたと言うのは変か。真っ当に生活しているし、どこかを病んでいるようにも見えない。きっとこの暑さにやられたに違いない。


 ちっちゃいおっさんが見えるとか。

 意味が分からない。


 そして僕もちょっと疲れているのかもしれない。ドラッグストアで見繕ってきたモモのチューハイを前にごくりと唾を呑む。


 ウイスキーで酔っ払ったらちっさくて可愛いおっさんが出てきたのだと、友人の渚は言っていた。渚は間抜けだと僕は思う。ウイスキーとか、おっさん臭いモノを飲むからおっさんが出てくるのだ。どんなに可愛くてもおっさんはおっさん。いや。おっさんが可愛い訳がない。


 そこでこれ! モモのお酒!!


 どうよこの女子感。桃のようにぷりっとした、本当に可愛い妖精さんが出てくるに違いない!


 問題は、モモのチューハイなんていくら飲んでも酔える気がしないことだ。取り敢えず店にあったものは全部かっさらってきたけど、足りるかな? 足りますように。

 プルタブを引くとぷしゅーっと軽やかな音がする。可愛い妖精さん、出てこーい。いざ!


 ごくごく。ぷしゅーっ。ごくごく。ぷしゅーっ。ごくごく……。

 …………。


 さすがにちょっとぼんやりしてきたぞ。妖精さんはまだかな? ツマミも女子っぽくと思ってさくらんぼとかイチゴとか用意してみたが、食べた気がしない。あー。サラミとか食べたいなあ。それもこれも可愛い妖精さんの為! これでおっさん出てきたらコロス。


 ごくごく。ぷしゅーっ。ごくごく。


「おい」


 とろん、と落ちかけた瞼に問いかける声がする。


「なあ、これ食っていいか?」


 は! 妖精さん!!


 僕はガバッと起き上がった。桃のように可愛い妖精さん!


 が。


 いない。


 ……。

 …………。


 ぷしゅーーーーっ。


 ふう。危ない危ない。こんなこともあろうかと殺虫剤も買っててよかった。でっかい虫出たわー。あー怖かった。このままここに転がしておく訳にもいくまい。レジ袋にでも入れて縛っとこう。万が一動き出しても怖いしね。よっこらせ。


 ごいん。


 !! 痛っ。痛い!! 思いっきり殴られた! 誰!? 僕は慌てて振り返る。


「急に何しやがる。死んだかと思ったわ!」


 そこには、たった今退治したはずの虫。鬼瓦みたいにごつごつした顔の三頭身のおっさんが、腕組みをして立っていた。


 僕のももちゃん、どこー!?

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