ぴーちゃん

「そもそもこの顔でぴーちゃんとか、嫌がらせとしか思えん」

「まあ、そうだな」

「そんなことないですよ。素敵なお名前ですよ」


 取り敢えずの注文を済ませると、何故かぴーちゃんのお悩み相談会が始まっていた。


「初対面で殺虫剤ぶっかけられたんだぞ。俺ぁ」

「それはまた」

「それはええっと……」


 初めのうちフォローしまくっていたうちのおっさんも、流石に言葉に詰まる。困ったように俺を見上げてくるが、多分大丈夫だ。

 だって見てみろ。

 つき出しのイカの足を両手で抱えたぴーちゃんは、言うほど気にしているようには見えない。融は融で先程からスマホを構えて動画やら写真やらを撮りまくっていた。


「ぴーちゃん、っていう名前には何か謂れがあるのか?」


 正直、鬼瓦の名前など何でもいいが、うちのおっさんが殺虫剤ネタを気にして涙目になっている。おっさんの為にもここは話題を変えねばなるまい。


「ピーチのぴーちゃんだよ。桃だけに🍑」


 にっこりと親指を立てる融。いや待て。


「訳分からん。それならモモでよくないか?」


 モモってのもどうかと思うが、ぴーちゃんよりはマシだろう。


「ダメに決まってるじゃん!」


 融はぐっと拳を握った。


「僕はね。可愛い妖精さんが出てくると思って、飲みたくもない缶チューハイを十本も飲んだんだよ」


 モモのね! と、融は力を込める。そこに力を込める意味が分からないが、面倒臭そうなのでスルーだ。


「もちろん、ももちゃんって呼ぼうと決めてたさ。桃だけに。それがさあ!」


 バッと手を開いて融は鬼瓦を示した。


「出てきたのおっさん! しかも、鬼みたいな!」


 だから融、声でかいって。窘めようとした俺の声は、しかし掻き消された。


「ああん? 何か文句あんのかコラ」


 ばしん、とテーブルにイカを叩きつけてぴーちゃんが立ち上がる。いや、初めから立ってたか? ちっさすぎてよく分からないな。


「無いよ! でも僕のショックも分かるだろ」

「分からねえよ!」

「ふりふりの女の子が出てくると思ってたのに、蓋を開けてみたら鬼瓦だったんだよ!?」

「ふりふりだあ? じゃあ何か? お前えは俺にふりふり着ろってのか?」

「そんな訳ないじゃん。気持ち悪……」

「何だとう!?」


 ぴーちゃんが手にしたままのイカを振り上げる。


「二人とも止め……」


 おっさんがおろおろと止めに入ろうとした。

 が。


「おい」


 顎に手を当ててぶつぶつ言い始めた融に、ぴーちゃんが心配そうに声をかけた。しかし返事はない。


「おい融、大丈夫か?」


 ぴーちゃんは背伸びをして融を覗き込んでいる。何だ。結構好かれてるんだな、融。よかった……かどうかは、分からないが。


「何か、アリな気がする」


 ぼつりと融が言った。


「は?」


「ぴーちゃん、一回着てみよう? 案外似合……うぼぅっ!」


 ぴーちゃんの投げたイカが融の鼻っ柱にクリーンヒットする。続けざま、怯んだその頬に飛び上がったぴーちゃんの回し蹴りが決まった。


「ああぁぁぁー。二人とも仲良く……」


 動揺しまくったおっさんがわたわたと駆け回る。けどな、おっさん。


「大丈夫だおっさん。あれはじゃれてるだけだ」

「本当?」

「おう。うちとはちっと戯れ方が違うだけだ。気にすんな」


 ぴーちゃん、強ええなあ。

 後ろに倒れた融の顔をがしがしと踏みつけるぴーちゃん。それをニヤニヤと眺めつつ、俺はビールを楽しんだ。

 

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