うちの子がいちばん
おっさんから衝撃の事実を告げられた俺は融を呼び出した。急々にはっきりさせておかねばならないことがある。
事が事だけに個室のある居酒屋をチョイスした。秘密の保持は絶対条件だ。それならどちらかの自宅にするべきだったのだが、この時点では思いもよらなかった。
個室に通されて飲み物が運ばれると、俺は早速おっさんに呼び掛ける。そうしたら本当におっさんは出てきた。マジで酒は要らなかったのか。微妙にショックを覚えつつ、のほほんと笑うおっさんを融に紹介する。
「融、うちのおっさんだ。おっさん、こいつ融。俺の友達」
どうだ参ったか。うちのおっさんは可愛かろう。鼻高々の俺の前で、互いに挨拶が交わされる。
「へええー! 本当にお酒要らないんだねえ」
感じ入った様子の融は注文したモモチューハイをちらりと見て、じゃあ僕も、と笑みを溢した。
「ぴーちゃーん。ぴ、い、ちゃぁぁん!!」
ぴい……ちゃん……?
融はその大人しそうな見た目とは裏腹に、やんちゃで粗忽なバカだ。いくら個室とはいえその音量は無いだろう。どんなに酔っぱらっても他人様に迷惑をかけるほど騒いではいけない。ましてや今は素面だ。もうちょい声を落とせ。そう言えば高校時代何度となくフォローして回ったんだった。でも今はそれは置いておこう。
ぴーちゃん、だと!? おっさんに名前を付けてるってのか? なんてこった! またしても先を越された!!
「煩せえよ!!」
言葉を失う俺の前に三頭身の鬼瓦がぽん、と現れる。そしてそのまま融に説教を始めた。
「一回呼べば分かるんだよ。その恥ずかしい名前を連呼するんじゃねえ!」
「えー」
「大体、声がでかすぎるんだよ。もうちっと静かに喋れねえのか、お前えはよう」
「あ。ぴーちゃん、これ渚。僕の友達」
「ああん?」
説教されても馬の耳になんとやら。涼しい顔の融に示されて鬼瓦がキッと俺の方を向く。そして。
「おっとこれはお見苦しいところを。お初にお目にかかりやす。いつも融が世話ぁかけやしてすんません」
意外に礼儀正しい挨拶と共に、鬼瓦は深々と頭を下げた。
「いえいえこちらこそ……」
何となく釣られて頭を下げる俺。
「やだなあ、ぴーちゃん。僕、渚にお世話なんてされてないよ」
空気を読む気はない能天気な融。鬼瓦が鬼の形相を更に吊り上げてそんな融に向き直った。
「そんなん信じられるか」
腕を組……んだつもりの鬼瓦がふんぞり返る。融はそれを華麗にスルーした。
「そんなことより。ぴーちゃんこれ見てよ。何食べたい?」
融が広げたお品書きの上を鬼瓦の視線が滑る。ごくりと唾を飲む音と一緒に、ぱたぱたと尻尾を振る音も聞こえた気がした。
「見ても分かんねえよ。お前えが選べ」
鬼瓦がぷいとそっぽを向く。えーとか言いながら、融はいそいそと注文を決めてゆく。
「仲良しだねえ」
うちのおっさんが俺を見上げて微笑んだ。おっさんの笑顔は和む。確かに和む。和むんだけど。
何か融に負けている気がして、心がざわつくのだった。
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