マジもんの王子様

 イケメンな王子様が我が家の食卓に座っている。


 一遍に眠気が吹き飛んだ俺が飛び起きると、ステテコ姿の砂漠の王子様がキラッキラの笑顔を振り撒いていた。それはヤバい。


 仕様が無いから俺の服に着替えさせ、取り敢えず朝食の準備を始めた(現実逃避ですよ。ええ。それの何が悪い。)ところで、重大な問題に思い至る。

 何倍もの大きさに膨れたおっさんがあの勢いで食ったら、うちの財政は一日で破綻する。


「おっさん、トースト何枚食う?」


 恐る恐る訊いてみた。


「んー?」


 思案するおっさんに、おっさん感が微塵も無い。キラキラしていらっしゃる。なんてこった。どうしてちゃんと名前を付けておかなかったのか。おっさんをおっさんと呼ぶことが何だか居た堪れない。


「一枚」


 苦悩する俺のことなど気づきもせずに、おっさん(似合わなかろうとどうだろうと、他に呼び名を思いつかない)がにこやかに応える。


「え」


 ちっさいおっさんでもいつも二枚は食うのに。え? 一枚? 二十枚じゃなく? 食べるって言われてもそんなに大量な食パン無いけど。


「どうしたおっさん。また腹でも痛いのか?」


 俺が心配するのも当然だろう。自慢の四次元胃袋は何処に行ったんだ。


「やだなあ。渚くんも一枚しか食べないくせに」


 おっさんは笑う。体の大きさと食欲が反比例するんだろうか。何にせよ助かった。うちの財布は守られた。


 食パンにバターを塗って温泉卵を落とし、塩胡椒を振ってチーズとハムで蓋をする。それをトースターに放り込んで、インスタントのコーヒーを淹れる。おっさんの分に砂糖とミルクを大量投入しようとして、ふと手を止めた。


「おっさん、コーヒーの砂糖とミルクどうする?」


 食べる量が変わるなら、もしかして嗜好も変わるかもしれない。念の為と思って訊いてみると、


「要らない」


 案の定な返事が。だよなー。褐色の王子様に甘ったるいコーヒー牛乳似合わない。でも何か複雑。


 マグカップになみなみと注いだコーヒーと焼き上がったトーストを並べて手を合わせる。


「いっただきまーす!」


 おっさんは王子様になっても口調が変わらない。割と男くさい見た目なので違和感が凄い。その上、食べ方が恐ろしく優雅だ。もれなく口の周りをべったり汚すおっさんの面影は何処にも無い。


「ん? どうしたの、渚くん?」


 おっさんが心配そうに覗き込んでくる。その目は普段と違ってやたらと美しいけれど、宿っているのはいつもの輝きだ。


「いや」


 俺は気を取り直してトーストを齧った。チーズとたまごがとろんと垂れそうになるのを慌てて掬いとる。これを優雅に食えるおっさんって。


 中身はそのままでも、おっさんの外側は大きく様変わりしてしまった。いったいこれからどうなるんだ。


 ピロン♪


 漠然とした不安を抱く俺のスマホが着信を告げる。


『大変だよ! 

 ぴーちゃんがでっかくなっちゃった!!』


 うん。

 何か、そんな気がしてた。

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