彦星なおっさん?
「渚くん、渚くん」
ゆさゆさと俺を揺すりながら呼び掛ける声がする。夕べの雨は上がったようで、カーテンの隙間から暖かい陽が注いでいる気配がある。
でもまだ眠い。今日はスイミングスクールも午後からだ。もうちょっと寝かせて、おっさん。
「ねえねえ渚くん」
ああもう煩えな。いくらおっさんでも俺の惰眠を奪う権利は無いぞ。そもそもこんなに眠いの、おっさんがぴーちゃんらと夜中まできゃっきゃギャーギャー騒いでた所為だからな。
「渚くん、ねえってば」
「……」
「ねー……」
くそっ。しつけえぞ、おっさん!
とにかくまだ起きたくない俺は、煩いおっさんを押さえ込もうと手を伸ばした。
もふ。
「え」
予定より随分高いところでもふっとした何かに触れる。何かが何なのか大凡察しはつくが信じたくない。わしゃわしゃと撫で回せば弾んだ声が返ってくる。
「
「……」
ちょっと待て。そう言やあ、何か声が低くないか? え。ちょっ待って。え? 誰!?
チラッと薄目を開けてみれば、視界いっぱいに褐色の腕が飛び込んでくる。どうやら肘を突いて半身を起こしているらしい。上腕の滑らかな筋肉も、前腕に浮いた筋も、とてもじゃないが女の子のものには見えない。ああせめて。ちょっとハスキーボイスな女の子であったなら。
待って。どうして? 何で俺のベッドに男がいる訳? 怖い怖い。男をベッドに引き摺り込むような趣味無いぞ。一緒に寝るなら女の子がいい。こう、腕にすっぽり収まるようなちっちゃくて可愛い子がいい。これ、違うやつ。
そろそろと震える目を上げる。
「あ。起きた?」
何つったっけ。真っ黒い宝石。あれみたいな、引き込まれそうなキラッキラした瞳が俺を見下ろしている。睫毛長えな、おい。そして妙に彫りが深い。日本人離れしたエキゾチックなイケメンさんだ。それがくすくす笑ってらっしゃる。俺が女子ならイチコロだろう。でも残念。俺は男の子だ。
「出てけ」
俺の言葉にイケメンは一瞬きょとんとして、それからまたくすくす笑いだした。
「そうは言っても、渚くんが離してくれないからなぁ」
そう言われて俺は、知らない男の頭を相変わらずわしゃわしゃと撫で続けていることに気がついた。やべえ。触り心地が好かったから、つい。真っ黒な豊かな黒髪はさらさらと手に馴染む。
あれ?
何か、このイケメン知ってる。
『褐色の肌に漆黒の髪。瞳は月の明かりに煌めいて』
「え? おっさん?」
呆然と見上げる俺に、イケメンはえへへと笑った。
「なんか、おっきくなっちゃった」
おっきくなっちゃった。えへへ。じゃねえよ。
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