おっさんたちの秘密
かずこさんが名乗ったことで、そう言えば自己紹介をしていないことに俺たちは気がついた。それぞれがおっさんおばさんを連れている親近感もあり、連絡先も交換する。
俺たちは別に構わないが、美鈴ちゃんは女の子なんだしもう少し警戒した方がいいんじゃないだろうか。俺や融が悪い男だったらどうするつもりなんだ。何か夢みがちな子みたいだしちょっと気にかけてやらなければ、と融と二人頷き合う。
そうなってくると、アレだ。
「おっさんだけ名前がないっていうのもなあ」
相変わらずの締まりのない長閑な顔で、おっさんは落花生を食べている。さすがにそれだけでは喉につっかえるということで、美鈴ちゃんが厨房から調達してきてくれた銀のカップでお冷やを飲みながらちびちびやっている。カップはコーヒーに添えるミルクを入れるやつだ。何て言うのかは知らない。
「でも、全く思い浮かばん」
おっさんを見ていると、『おっさん』って呼び方しか出てこない。頭のてっぺんから爪先まで、非の打ち所のないおっさんだ。おっさんと言えばおっさん、ってくらいおっさんのなかのおっさんなのだ。
自分で言っててもこんがらがるが、まあ、おっさんはおっさん以外の何者でもないのである。
「もういいじゃない、おっさんで」
かずこさんがたこわさを齧りながら肩を竦めた。
「ぴーちゃんは名前ついたんだし、間違えることないでしょ」
かずこさんのサイズでたこわさは食べ難いはずだか、ものすごくきれいに食べている。口の周りも手も服も、少しも汚れていない。かずこさんを見た目を俺はおっさんにちらりと向けた。
……。
頑張れ、おっさん。
「んー。まあ、いいか」
確かに間違えないし、おっさんはおっさんだもんな。
「それにしても、おっさんたちって沢山いるんだなあ」
こうもポンポン現れるとは。今まで出会わななかったのが不思議なくらいだ。
「そんなことないわよ」
かずこさんも銀のカップを傾けている。中に入ってるのは美鈴ちゃんの梅酒だけどな!
「あんまりいないのよ? レアよ。レア」
「そうなのか? じゃあ、どういった条件で出てくるんだ?」
俺と融、そして美鈴ちゃんに共通点は見当たらない。
「……。この梅酒、美味しいわねえ」
「そもそも、普段は何処にいるんだ?」
「ねえ美鈴ちゃん。たこわさもっといただけないかしら」
「なあ、かずこさん」
「あのね、渚くん」
コン、とカップを置いたかずこさんの目が座っている。ちょっと背が冷えた。
「世の中には、知らなくてもいいことと、首を突っ込んじゃ駄目なことがあるの」
かずこさんはにっこりとしたが、目が笑ってねえ。怖ええ。あっちの方でぴーちゃんがガクガクと震えている。おっさんは腰が抜けたようで、かずこさんの隣で尻餅をついていた。
「分かるわよね? おっさんと一緒にいたいでしょ?」
分かんねーよ。
分かんねーけど、かずこさんには逆らわないでおこうと思う。
それにしてもおっさん。のほほんとした阿呆面の下に、どんな深淵を隠してるんだ。
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