名前

「かずこ」

「え?」

「だから、かずこ。あたしの名前」


 おばちゃんはよろしくね、と言ってにっこり笑った。


「嘉、壽、子。で、かずこ。縁起の好さそうな名前でしょ♡」


 確かに縁起は好さそうだけど随分昭和な。


「やあねえ美鈴ちゃん。私、昭和生まれだもの。キラキラネームなんて無理よぉ」


 おばちゃんはケラケラ笑ってるけど。

 怖い。

 私、全然喋ってないのに悉く思考を読まれてる!


「なぁに。変な顔して。美鈴ちゃん顔に出すぎよ?」

「顔に?」

「そうよう。駄々漏れよ?」


 何だ。そうか。びっくりした。


「かずこさん、私の心でも読んでるのかと思っちゃった」

「やぁだぁ。そんな訳ないじゃない」


 かずこさんは私の手をぺしぺし叩きながら嬉しそうに笑う。終始テンションが高い。天使なおっさんはビビり気味だし、鬼瓦のぴーちゃんは苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 そんななか、体育会系が口を開いた。


「おばさん、名前あるのか」

「当たり前でしょ」

「じゃあ、おっさんにも名前あるのか」

「そりゃあるわよ。あなたたちにもあるでしょ?」


 あ、でも。と、かずこさんは続ける。


「あたしたちの名前は内緒なの。知られたらちょっと好くないのよねえ」


 頬に手をあててしみじみ語ってるけど。でも。


「え。でもかずこさん、名前……」


 言っちゃったよね?


「だぁってぇ」


 かずこさんは身をくねくねさせて頬を染めた。破壊力半端ない。


「あたし、ぴーちゃんとか呼ばれたくないものぉ。言っとくけどぴーちゃん、本当はもっとカッコいい名前なのよぉ?」

「「え!?」」

「ぴーちゃんの名前知ってるの!?」

「おっさんの名前知ってるのか!?」


 イケメン二人が食い気味に。そんなにおっさんの名前が重要なのか。もー。にやにやしちゃうじゃん!

 思わずかずこさんみたいにくねくねしてしまう。


「やぁねぇ。あなたたち、そんなにおっさんが好きなのぉ?」

「やだぁ。かずこさんったら、そんなにはっきりー」


 くねくね。にやにや。端から見れば相当ヤバいのかもしれないが、女子二人は幸せいっぱいなのである。冷たーい八つの瞳が己を見ていることに気づくのは難しい。

 近づかないに越したことはない二人は放っておいて男子たちが交わす会話も耳に入らなかった。


「ぴーちゃん、名前教えて」

「はあ? 無茶言うなよ。知られたら不味いって姐さんも言ってただろ?」

「おっさん名前……いや分かった。言わなくていいから涙ぐむな。な?」

「でもかずこさんは、さらりと教えてくれたじゃない」

「見りゃ分かんだろ? あの人はいろいろとヤバいんだよ。一緒にすんな」

「「あー」」


 スペシャルなかずこさんを味方につけることで、私はきゃっきゃうふふ観賞権をゲットした。でも今は妄想が暴走中で忙しいので。そのことを知るのは、もう少し先の話。

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