焼きいも戦争
皮はあんなにくたくたになっていたのに芯に近い方はまだしゃきしゃき感が残っていて、焼きリンゴは絶妙な旨さだった。三個あったリンゴも六人でつつけばあっという間に無くなって。おっさんたちの腹がぐうと鳴く。
「……」
もう何も言うまい。既に己の体積ほどは食ったろう、と言ったところで何になる。この後には三十個のさつまいもが控えているのだ。流石にその腹も鎮まるに違いない。
「楽しみだわぁ。しっとりとろっとしたおいもー」
かずこさんがうっとりと呟けば。
「はあ? 何言ってんだ。芋はほくほくが好いに決まってんだろ!?」
短く切った楊枝でしーしーやりながらぴーちゃんが噛みつく。
「しっとりの方が美味しいわよ」
「いーや。芋はほくほくしてないといけねえ」
かずこさんの恐ろしさは周知の事実なのに、ぴーちゃんは角を突き合わせるくらいの勢いで食って掛かっている。ぴーちゃんだってかずこさんに怯えていた筈なのに何故……。
「しっとりよ!」
「ほくほくだ」
「何ですってぇ」
「何だよ」
二人とも譲らない。甘い香りに包まれたまったりした焚き火周りが、俄に戦場の様相を呈してくる。焼きいも戦争の勃発だ。宥めたいとは思うものの、流れ弾に当たるのが恐ろしくて声が掛けられない。
「どっちもおいしいよ」
コーヒーをふうふうしながらおっさんが言った。のほほんとしたいつもの調子だ。おっさんもかずこさんが怖くないのか? 腰を抜かすほど怯えていたくせに。
「とろっと甘いのも美味しいし、ほくほくで香ばしい匂いがするのも美味しいよね。楽しみだなー」
こくんとコーヒーを飲んで、おっさんは俺に向かって首を傾げる。
「もう焼ける?」
「おうそうだな。そろそろだ」
放ったらかしにしていた焚き火はぷすぷすと燻って、焼けた葉の間から銀紙が覗いている。一つに竹串を刺してみるとすうっと通った。
「出来たぞー」
焚き火の中から次々に掘り出してゆく。掘っても掘っても出てきやがる。十二個。山盛り。誰が食うんだこんなに……。
「「「ぐううううーっ」」」
うん。そうだな。愚問だった。
俺はまたあっちあっち言いながら銀紙を剥いて、熱々のさつまいもを半分に割った。
ほわんと湯気が立ち上ぼり、金色の芋が姿を現す。
「「「おおーっ」」」
歓声を上げるおっさんたちの皿に割った芋を置いてやる。
「ほっくほくー」
ひとくち食べたおっさんが、例のキッカイなダンスを踊り始めた。
「あ。こっちはちょっとしっとりしてる?」
他の芋を剥いた美鈴ちゃんが、割った半分をかずこさんの皿に載せながら言った。濡らした新聞紙で包んでた分だな。本当にしっとりするのか。ネット情報すげえ。
「あまーい♡」
かずこさんが嬉しそうに頬張る。
ぴーちゃんは黙々と食べている。頬が緩んでいるから旨いんだろう。
俺はそんなみんなに背を向けて焚き火に枯れ葉を足した。バケツに残った芋たちを焼かなくては。融も寄って来て手伝ってくれた。
「芋食わなくていいのか?」
「あとで食べる」
「そうか」
「バナナもリンゴも美味しかったけど、甘いよね」
「おう」
「この上さつまいもはちょっと無理」
「同感だ」
俺も口のなかが甘ったるい。何かしょっぱいものが食べたい気分だ。
「こんなこともあろうかと、僕いいもの持ってきたよ」
融が焚き火の端のやかんを下ろして、網の上に串刺しのソーセージを並べる。
「おお!」
「何か、しょっぱいもの食べたいよね」
「同感だ」
どんなに旨くても、甘いものばかりはちょっと辛い。あっちできゃっきゃ言っているおっさんたちは、そうでも無さそうだけどな。
しっとり派のかずこさんとほくほく派のぴーちゃん。
あんなに揉めてたくせに、仲良く並んで焼きいもをつついている。
「ほくほくも美味しいわねー」
「しっとりも悪くねえなあ」
「どっちも美味しいよー」
次の芋が焼き上がったとき。テーブルの上は空だった。
俺と融は食ってない。十二本あった筈だ。
でも。
空だったんだ……。
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