祭りのあと
「触んな」
僕が興味津々ぴーちゃんが持ってきた武器に触ろうとすると、冷たい拒絶が降ってきた。
「あ。うん、ごめんね」
へらっと笑って伸ばした手を引っ込める。
そうだよね。大切に取っておいた思い出なんだろうし、他人に触られるのは嫌かもしれない。ぴーちゃんの思い出かあ。そっかあ。何かちょっと……。
「あ、そうだ。スイートポテト食べる?」
「すいーとぽてと?」
「うん。美味しいよ」
「食う!!」
厳つい戦士のコスプレをしたぴーちゃんが瞳を輝かせて右手を上げる。
「じゃあ準備してくるから着替えてて」
「おう!」
ぴーちゃんの思い出ねえ。そっかあ。
スイートポテトを賽の目に切り分けながら、何かちょっとモヤモヤした。
👹
「あっ……」
渚の家でのハロウィンパーティー。宴もたけなわとなった辺りで、かずこさんがぴーちゃんの金棒に蹴躓いた。
小さなガラステーブルだけでは料理が並べきれず、普段は台所の隅っこで物置と化しているダイニングテーブルも引っ張り出していた。ぴーちゃんはそこに胡座を掻いて陣取って、下の料理が食べたくなれば僕を顎で使っていた。
その脇に置かれた金棒にかずこさんが蹴躓いて、そして蹴躓いただけにしては結構な勢いで金棒がテーブルの上を滑る。
「あ」
落ちる、と思った。ぴーちゃんの仮装は本物だ。武器も本物。落ちたら床が抉れてしまう。僕は咄嗟に手を伸ばした。
「ば……っ!」
何が起こったのか分からなかった。気がついたときには伸ばした手をぴーちゃんに掴まれて、背中を強か床に打ち付けていた。
投げられた?
ぼんやりと見上げた先に鬼瓦を吊り上げたぴーちゃんが見える。
「……っか野郎! お前えは阿呆か!?」
ぴーちゃんの後ろにはスノードームみたいに白い欠片が舞っていた。ああ。金棒はクッションに落ちたんだな。よかった。人を駄目にする高っかいクッションはお釈迦になったけど、床を修理することを思えば何でもない。
「触んな、っつっただろうが!」
ぴーちゃんは普段から乱暴で言葉も荒いけど、今はまた一段とキツい。そんなに触られたくなかったんだなあ。
「うん。ごめんね」
へらりと笑う。笑うしかないじゃん。
「ったく。何処にも当たって無えだろうな?」
「うん大丈夫だよ。ごめんね」
「そうか。ならいい。本当に触んなよ? あれは相手を殴って抉って殺す為の道具だぞ」
「う……ん?」
「間抜けなお前えの指なんか簡単に落ちちまうんだ」
「うん。……あれ?」
「何だよ」
「ぴーちゃん、僕の心配してる? 金棒に触らせたくないのってその所為?」
「ああん? 他に何があんだよ」
「そっかあ」
「何だよ。ふにゃふにゃして気持ち悪りいな。頭でも打ったか?」
へらへらがにやにやに変わった僕を見てぴーちゃんが舌打ちをした。
「加減したつもりだったんだが俺も鈍ったか」
ぶつぶつと悩み始めたぴーちゃんを手のひらに乗せて立ち上がる。
「渚ごめんね、散らかして。片付けるよ」
「おう。大丈夫か?」
「背中がちょっと痛いくらいかなあ」
「まあ、怪我がなくてよかった」
「ごめんなさいね、融くん。あたしが躓いちゃったばっかりに」
「ううん大丈夫……って。かずこさん、何かにやついてない?」
「気の所為よ」
「でも」
「さっ。みんなで片付けて続きしましょ♡」
かずこさんはいそいそとテーブルの上に散ったパウダービーズを集め始める。幸い料理には大して掛かってなくて、殆ど無駄にせずに済んだ。
👹
「楽しかったねえ」
「そうだな。旨かった」
ほろ酔いの帰り道。吹く風は冷たいけれど足取りは軽い。
「そっかそっか。えへへへへ」
「お前え、本当に大丈夫か?」
ぴーちゃんの視線は冷たい。でも大丈夫。心がぽかぽかと温かいからね!
「仮装したんだから菓子寄越せ」
「帰ったらねー」
「山ほど寄越せ」
「うんうん。任せてー」
「やっぱり頭打ったんだな……」
「打ってないってー」
出掛けるときに沈みかけていた三日月はとっくに西の端に消えたようで、空には星だけが瞬いている。けれどせっかくの星も街の明かりで朧気にしか見えない。
カボチャのランタンなんて必要ないし、悪霊の潜む暗闇だって殆ど無い。日本のハロウィンなんて、バカ騒ぎをする為の口実でしかないのかもしれない。でも、大事な仲間たちとバカ騒ぎをする口実は幾つあってもいいと思う。
「楽しかったねえ」
「おう。菓子寄越せ」
「あははははー」
ぴーちゃんが潜り込んだお腹の辺りがとても温かかった。
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